ロシア

モスクワのテロで露呈したプーチンの嘘

ロシア政府が国民に隠していた不安定な北カフカス情勢があらわになったが、効果的なテロ防止策は見つからない

2010年3月30日(火)17時24分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)、アンナ・ネムツォーワ (モスクワ支局)

 国営テレビでニュースを見ていた大半のロシア人にとって、3月29日にモスクワの地下鉄で発生した連続爆破テロは寝耳に水の出来事だった。

 チェチェン紛争は制圧され、ウラジーミル・プーチン首相が指名したチェチェン人武装勢力出身のラムザン・カディロフ大統領の恐怖政治のおかげで、テロ攻撃は永久に過去のものとなった──ロシア当局は、そんなメッセージを国民に発してきた。

 だが、モスクワ中心部のルビャンカ駅とパルク・クリトゥールイ駅で38人の命を奪った連続爆破テロは、ロシア政府の戦略の失敗を明示している。北カフカス地方のチェチェン、イングーシ、ダゲスタンの各共和国は制圧されたどころか、今も不安定極まりない危険な状態にある。

 テロリストからのメッセージは明白だ。彼らが狙ったルビャンカ駅の目の前は、プーチンがかつて所属していたKGB(旧ソ連国家保安委員会)の後継組織であるFSB(ロシア連邦保安局)本部ビルがある。このテロは、自分たちがロシアの中核を攻撃する能力を今も保持しているというシグナルだ。

「北カフカスは平和」のプロパガンダ

 FSBのアレクサンダー・ボルトニコフ長官によれば、テロの実行犯は2人の女性。モスクワで1998年〜2004年に頻発したテロとの不気味な共通点を感じる(04年にはモスクワの地下鉄で2人のチェチェン人女性が自爆し、50人を殺害。02年のモスクワ劇場占拠事件でも女性テロリストが重要な役割を担っていた)。

 だがこの1年間、ロシアメディアは手に負えない状態に陥っていた北カフカスでの暴力行為を軽視してきた。モスクワでテロが起きたのは確かに5年ぶりだが、南ロシアでは昨年来、15件の自爆テロが発生している。昨年8月にはダゲスタンの警察庁舎に爆弾を積んだトラックが突っ込み、20人が死亡した。イスラム過激派との長期戦を展開しているイングーシの警察当局は2月に、カバルディノ=バルカリア共和国の武装組織の指導者アンゾル・アステミロフなど20人の反体制派を殺害。今回の爆破テロはその報復ではないかという憶測も流れている。

 プーチンがカフカスに平和をもたらしたというプロパガンダを信じていたモスクワ市民が、今回の地下鉄テロで受けた衝撃は計り知れない。テロ現場から逃げ去る人々は一様に、二度と地下鉄には乗らないと話していた。

 モスクワ中心部はさながら戦場のよう。現場一帯の交通が封鎖され、頭上をヘリコプターが旋回し、市民は自宅で恐怖に慄いていた。テロリストが携帯電話を使って爆弾を爆破させる事態を恐れた警察は、携帯電話の電波も妨害した。

テロを口実に政治的弾圧を強める?

 反体制派の活動家たちが恐れるのは、今回のテロが、ドミトリー・メドベージェフ大統領の推進する政治的雪解けムードを抑えつける格好の口実に使われることだ。「ロシア当局は国内の自由化運動を封じ込めるためにあらゆる理由をこじつけるだろう」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのユリア・ラティニナは言う。「3月31日に予定されている反対派のデモが、警察や(政府寄りの若者集団)ナシに妨害される事態を懸念している」

 実際、ロシア政府は過去にも、テロの脅威を利用して政治的弾圧を正当化してきた。テロが相次いだ04年には、プーチンは安全保障の強化を口実にして州知事選をキャンセルし、大統領による知事の指名制を導入した。

今、あなたにオススメ

注目のキーワード

注目のキーワード
トランプ
投資

本誌紹介

特集:トランプのイラン攻撃

本誌 最新号

特集:トランプのイラン攻撃

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

2026年3月10日号  3/ 3発売

MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中

人気ランキング

  • 1
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗雲...専門家「イランの反撃はこれから」「報道と実態にズレ」
  • 2
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力空母保有国へ
  • 3
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示さない
  • 4
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 5
    【WBC】侍ジャパン、大谷翔平人気が引き起こした球場…
  • 6
    女性の顔にできた「ニキビ」が実は......医師が「皮…
  • 7
    大江千里が語るコロナ後のニューヨーク、生と死がリ…
  • 8
    ダイヤモンドのような「ふくらはぎ」を鍛える最短ル…
  • 9
    「みんな一斉に手を挙げて...」中国の航空会社のフラ…
  • 10
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 9
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
もっと見る
ABJ

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 第6091713号)です。