橋下市長は、気に食わない報道を見つければ「一部分だけ恣意的に引用するな、全文を読め」と恫喝し、物申してくる誰かがいれば「あなたが選挙に出て政治家になって変えてみればいいじゃないか」と恫喝する。住民投票が否決された際の会見で橋下市長は「民主主義という政治体制は本当に素晴らしいですね」と漏らしたが、藤井はこの手の議論の持ち運び方について「多数決の勝者である者だけが、意見を言う権利を与えられるのであって、意見の正しさなど多数決の勝利の前では無価値なのである」と分析する。

 同書内で、中野剛志が「『勝敗』と『正否』とを同一視しているのではないか」とも指摘しているが、その同一視の中に向けて投じられる異議申し立ては、どれだけ建設的なものであろうとも「対案を出せ!」の一喝で潰されるし、向かってくる声をおしなべて「取るに足らない意見」として掃き捨て続ける。つまり、「勝ったから、正しい」のである。

 メディアを陵辱しながら管轄するという荒技は橋下政治の真骨頂だが、その真骨頂に甘んじてしまうメディアと有権者の「空気」を丁寧に解き明かしたのが、松本創『誰が「橋下徹」をつくったか 大阪都構想とメディアの迷走』(140B)である。

 松本は、ある府議との会話の中から、「あれほど怒るなんて、橋下さんは真剣に取り組んでいる証拠」、「言い方や態度はきついけど、よう頑張ってはる」という代表的な橋下支持者の声を拾い上げる。この手の空気が生まれる要因を、私たちは、彼が小泉純一郎的な「ワンフレーズ」の巧さを持っているからだと分析しがちだが、著者によれば「橋下はものすごく多弁ではあるものの、決して理路整然と語るわけではない」という。

 質疑をしてもまともに応答してくれない彼の多弁におじけづいたメディアの記者は、とにかく従順になる。橋下市長は、テレビニュースが使うコメントの最大値と言われる15秒の中に収まる痛快なコメントを連呼し、テレビがノーカットで使えるように心がける。高木徹『国際メディア情報戦』(講談社現代新書)に詳しいが、ボスニア紛争で名を馳せたPR会社「ルーダー・フィン」社のジム・ハーフが、世論誘導のために要人に対して「長くても十数秒の間にもっとも重要なことをシンプルなセンテンスで伝える」ことを強いていたのを思い出す。橋下市長の端的なコメントは、「皆に分かりやすい」政治を目指すためではなく、「こちらはこんなに分かりやすく提示してんのに分かってくれないバカなマスコミがいる」という空気を醸成する。