<ユダヤ系作家ツヴァイクの最期の小説「チェスの話」の映画化。現在と過去、現実と幻想の境界が揺らぎだすドラマ......>

オーストリア出身のユダヤ系作家シュテファン・ツヴァイクは、ナチスの台頭とともに祖国を離れ、亡命生活の最終地ペトロポリス(ブラジル)で「チェスの話」を執筆し、その直後に自ら命を絶った。フィリップ・シュテルツェル監督の『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』は、そんなツヴァイク最後の小説の映画化だ。

チェスに強いのには複雑な事情があった......

「チェスの話」は以前にも、1960年にガード・オズワルド監督、クルト・ユンゲルス主演の『Schachnovelle(英題:Brainwashed)』として映画化されているが、この小説の核心部分には、映像化するのが難しい状況や表現が盛り込まれている。

小説の舞台は、ブエノスアイレスに向かう豪華客船で、チェスの世界チャンピオンであるミルコ・チェントヴィッツとオーストリアの名家出身のB博士と呼ばれる人物が成り行きで対局することになる。B博士がチェスに強いのには複雑な事情があることがやがて明らかになる。

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『チェスの話 ツヴァイク短編集』シュテファン・ツヴァイク 大久保和郎・他訳(みすず書房、2011年)

大きな修道院の財産を管理する弁護士だった彼は、ナチスドイツがオーストリアを併合したときに連行され、財産の情報を聞き出すためにメトロポール・ホテルの一室に監禁された。時計も筆記具も奪われた彼は、沈黙が支配する無の世界で精神的に追い詰められていく。しかし、尋問のために部屋を出たときに、隙を突いて一冊の本を盗む。部屋に戻った彼は、その本がチェスの手引書だったことに最初は落胆するが、次第に引き込まれていく。

問題はその先だ。彼は、碁盤縞のベッドのシーツを盤面に見立て、パン屑で駒を作り、手引書に収められた名人たちの棋譜を何度も再現する。しばらくすると、頭のなかだけでそれができるようになる。だが、何十回も繰り返すうちに、頭のなかで自動的に展開できるまでになってしまい、再び無に直面する。そこで新しい試合を考え出すために、ひとりで二役を演じつづけ、チェス中毒になって憔悴していく。

想像力をめぐって対極にあるふたり

このエピソードは、実は彼が対局することになるチェントヴィッツのチェスの世界と深く結びついている。孤児として司祭に引き取られた彼は、何も学ばず、何事にも無関心な子供だったが、チェスと出会った途端に特異な才能を発揮するようになった。そんな彼のチェスには変わった一面があった。目の前に実際に盤と駒がないとまったく勝負ができない。頭のなかで盤や駒を思い描く能力がまったくなかった。

つまり、この小説では、想像力が完全に欠落した人物と、狂気の一歩手前という極限まで想像力を研ぎ澄ませた人物が対局することになる。そんな想像力をめぐって対極にあるふたりの人物を映像で表現するのは簡単ではない。

想像の世界でさらにチェスにのめり込む