ところが、彼らはそれでも完璧主義をやめられない。それだけが人から認められ愛されるための唯一の道だと考えているからだ。

これについてアメリカの社会学者ブレネー・ブラウンは、「完璧主義は、私たちが引きずって歩く20トンの鎧だ。私たちは完璧主義が自分の身を守ってくれると信じているが、実のところそれは私たちの自由を奪うものである」と言っている。

だが私は、完璧を追求することに問題があるとは思わない。鎧を脱ぎ捨てる勇気さえ持てば、不適応的完璧主義者も十分に人生の喜びを味わい、人から認められ愛されると思うからだ。

もちろん鎧を脱ぎ捨てるのは簡単なことではない。なぜなら彼らは認められ愛されるために走り続けてきただけなのに、周りに人が集まるどころか1人2人と離れていく理由がわからなくて鎧を脱ぎ捨てたら「出来損ない」の烙印を押されそうだとおびえているからだ。

だとしても、これからはありのままに現実を認めるべきだ。自らを追いこみ責め立てていたら、四六時中何かにせかされるようにして働くことになる。それではすっかり疲れ果て、ミスする確率が上がり、あれほど望んだ完璧さからも遠ざかってしまう。

それに、いつ見ても気が立っているような人間を歓迎する人は誰もいない。

だからもう重い鎧は脱ぎ捨てよう。鎧を脱いで体が軽くなれば、あなたは自由にどこへでも行けて、もっと幸せになれる。

これについてハーバード大学心理学部教授タル・ベン・シャハー著『最善主義が道を拓く――ポジティブ心理学が明かす折れない生き方』(田村源二訳、幸福の科学出版)の韓国語版書籍紹介文には次のようなことが記されている。

「私たちは成功者たちの情熱やたゆまぬ努力に感銘を受け、少しばかり気を抜いたりベストを尽くさなかったりしたという理由で自らにムチを打つ。しかしここで問題なのは、『完璧な人生』など存在せず、完璧主義者たちから見れば満足のいく成果など決してないということだ。

社会的に認められるほどの大きな業績や莫大な富を築いても、さらなる目標に向けて際限なく走り続ける完璧主義者にとって、幸せな人生とは絶対にたどり着けない蜃気楼のようなものである。だから『完璧主義者』ではなく『最善主義者』を目指していこう。

なお、ここでいう『最善』とはベストを尽くさないという意味ではない。可能な範囲で最善を尽くす『ポジティブな完璧主義』ということだ。

『完璧な成功』や『完璧な人生』など存在しないことを受け入れて、人生が一直線の高速道路ではなく、折れ曲がった道であることを理解できるようになれば、私たちは目標指向的な生活を送りながら、今よりはるかに幸せな生活を送れるようになる」

『「大人」を解放する30歳からの心理学』

「大人」を解放する30歳からの心理学

 キム・ヘナム 著

 渡辺麻土香 訳

 CCCメディアハウス

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