<ギャンブル依存は「病気」だが、アルコールや薬物とは違った治療の難しさがある>

そもそもギャンブルに関心がないので、それにハマる人の気持ちがよく理解できない。理解できないからこそ「理由」を知りたいと思っていたのだが、そんななかで出合ったのが『ギャンブル依存――日本人はなぜ、その沼にはまり込むのか』(染谷一・著、平凡社新書)だった。

著者が本書を著したきっかけも、「どうして人はなにかに依存するのか」という素朴な疑問だったらしい。確かにそれは、ギャンブルに限った話ではないのだろう。


 アルコール、薬物、ニコチン、カフェイン、ゲーム、アイドル、買い物......。「何かにハマった状態」が、やがて「嗜好」「依存」へと置き換わる。それまでの「あったら楽しい」が「なければ苦しい」へと転換し、やがて「あるから苦しい」へとややこしく変質する。(「はじめに」より)

とはいえそれでも、アルコールや薬物と比べてギャンブル依存はいささか理解しづらい。本書にはギャンブルの沼へと落ちていった多くの人々の実体験が描かれているのだが、「なぜ、そこまでして」という部分がわからない。

例えば、まじめな性格だったという元刑事も、以下のようにパチンコで身を崩していく。


 これだけは、絶対に妻に知られるわけにはいかない。休日にパチンコ店に行くために、事件、残業、多忙などと、場当たり的なうそをつき続けた。再び底の見えない深い沼に両足を取られ、ズブズブと沈み込んでいく。パチンコ店に足を運ぶ回数が増えれば、その分、借金は加速度的に増え、間もなく、消費者金融の利用限度額がいっぱいになるのも自明の理だった。(41ページより)

注目すべきは、この頃の関心が「返済の当てがまったくない借金をどう返すか」ではなく、「どうすれば(パチンコのための)次の借金ができるのか」に移っていたという点だ。結果的に彼は仕事と妻子を失い、それでも悪癖を治すことができず、バイトの時間以外はパチンコ店に入り浸ることになる。

だが、ほどなく手持ちの金は尽き、やがて書店での万引きで捕まる。窃盗の初犯だったことで執行猶予がついたものの、捕まえる側が捕まる側になってしまったのだ。

ギャンブル依存者の多くは「普通の人」

一方こちらは、ギャンブル癖のある彼氏の影響で自らも同じ沼に入り込んでしまった女性の苦悩である。

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「もう何も感じなくなった。それでも、やめられない」
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