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「ニースの『ロミオ+ジュリエット』は、観客が客観的ではいられなくなるような演技でした。技術が高い、表現力が良い、という感想を持つ以上に、ジュリエットになった気持ちで死力を尽くす羽生ロミオを見守った人も少なくないと思います」(茜氏談)『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』35頁より ©時事

15歳で迎えた10年の世界ジュニア選手権では、優勝を決めたフリーの「パガニーニの主題による狂詩曲」で示した"中性的で柔和な王子様"よりも、ショートの「ミッション:インポッシブル2」で示した"アグレッシブで切れ長の目に強い意志を秘めた王子様"のほうが、より羽生選手の本質が現れているような気がした。

便箋3枚のファンへの手紙、真摯な言葉が胸を打つ

映画館の大画面の演技は、「Change」に変わっていた。ジュニアを駆け抜けた2シーズンで、試合後のエキシビションで使っていた曲だ。津軽三味線の世界的奏者・吉田兄弟の演奏で有名なこの曲を、「プロローグ」では若き才能・中村滉己さんを招いて、ロック調の津軽三味線の力強い音色とのコラボで魅せる。

羽生選手は早い段階から、演技だけでなくキャラクターも抜きん出ていた。それまでの日本人男子選手は大人しいタイプが多く、インタビューで口下手だったり、「和を以て貴しとなす」を体現したりしていた。

対して羽生選手は、取材によどみなく答え、勝ちたい気持ちを隠さずに表に出し、自分の演技やサクセスロードのための行動は自分で決めた。

東日本大震災直後のアイスショーでは、近寄りがたいような迫力があった。ホームリンクが閉鎖し、自らも被災者である羽生選手は、リンクの上にいる間は一瞬たりとも無駄にしないとでもいうように、ショーの練習や本番のフィナーレで繰り返し4回転ジャンプを飛んだ。

ソチ五輪以降は、全日本選手の中で弟的なポジションからリードする立場になって、世間が求める「羽生結弦」を自覚して、さらにストイックになった。

礼儀正しくてマスコミに好かれ、取材では求められる以上のコメントを発し、時には弱みも見せ、勝利には無邪気に大喜びする。

羽生選手を「自己プロデュース力に長けた俺様タイプ」と見る人もいるが、私は真逆の「純粋で素直な不器用タイプ」だと思う。頭の回転が早いことは自明だが、他人を疑わずに感情をさらけ出す態度にヒヤリとすることもある。

平昌五輪の前シーズン、私は羽生選手が出場しない海外の試合で、1人のファンに会った。彼女はいわゆる「オンリーファン」ではなく、今回は別の選手の応援に来たが、羽生選手も応援していると語った。

きっかけは、他の選手を目当てに行った試合でジュニア時代の羽生選手が「神対応」してくれたことで、以来、折に触れてファンレターやプレゼントを贈っているという。

話に花を咲かせているうちに、彼女は「特別に見せてあげる」とカバンからジップロックに入った洋封筒を取り出した。羽生選手からの直筆の手紙だった。

少し前に「最近、人気が上がりすぎて、遠くに行ってしまったようで寂しい」とファンレターの末筆に書き添えたら、日を置かずに返ってきたそうだ。

ファンの声を聞きながら、ショーを作り上げる