<インド亡命から間もない20代のチベット指導者が綴った生々しい記録を、今こそ読むべき理由について> 

ダライ・ラマ14世(以下、ダライ・ラマと記す)は、まことに興味深い人物である。

チベット仏教において最も権威ある転生活仏の一人であり、チベットの宗教的・民族的象徴といいうる存在であることに加え、ノーベル平和賞、グラミー賞を受賞し、アメリカの『TIME』誌「世界で最も影響力のある100人」にも複数回選出されている。そのうえ数多くの著作を世に送り出してきた。

ダライ・ラマの自叙伝My Land and My Peopleは1962年に英語でイギリスではWeidenfeld & Nicolson社から、アメリカではMcGraw-Hill社から出版された。

日本では、1986年に完全版が『チベットわが祖国──ダライ・ラマ自叙伝』のタイトルで亜細亜大学アジア研究所から刊行され、その後、1989年に中央公論社から文庫版が刊行された。

訳者はいずれも、旧大東亜省内蒙古大使館に勤務しチベットの調査経験を有する木村肥佐生、当時の亜細亜大学教授である。それ以前にも日本語版は刊行されていたが、共産中国に関する部分が削除されるなど、完全版ではなかった。

ダライ・ラマの主要な自伝的著作として、本書を含めてすでに3冊が出版されている。第1冊目が、本稿で扱う『チベットわが祖国』である。

第2冊目がFreedom in Exile: The Autobiography of His Holiness the Dalai Lama of Tibet(Hodder & Stoughton, 1990)であり、そして第3冊目がVoice for the Voiceless: Over Seven Decades of Struggle With China for My Land and My People(William Morrow, 2025)である。なお、第2冊目・第3冊目ともに日本語版が刊行されている。

これらのなかでも、『チベットわが祖国』はとりわけ注目に値する。なぜなら、本書はダライ・ラマ亡命から間もない時期にまとめられた、きわめて同時代性の強い自伝であり、それゆえ高い資料的価値を備えているからである。

本書は、チベット・中国関係の歴史的展開に沿って、ダライ・ラマ自身の回想として展開される。

1949年、毛沢東は天安門の楼上で中華人民共和国の成立を宣言した。その翌年、人民解放軍は東チベットへ進軍し、軍事的圧力を高めていった。1951年には人民解放軍がラサに進駐・駐屯を開始する。

以後、共産党による力ずくのチベット統治が進むなかで、チベット各地、とりわけカムやアムド地方を中心に抵抗や反乱が生じた。抵抗の拡大は急速であり、まさに燎原の火のごとくチベット各地へ広がっていった。

かくして生じた緊張状態はラサでの大蜂起へと至り、これが最終的には1959年、ダライ・ラマをインド亡命に導いたのである。インド入境後、北インドの山間に位置するダラムサラに亡命政府の拠点が置かれ、今日に至る。