<宇宙飛行士の命を奪ったかもしれない危険が隠れていたという事実は、アポロ11号のミッションから50年近く経ってから明らかになった>

アポロ11号の宇宙飛行士が地球に帰還したのは、50年前の1969年7月24日。日本時間では25日午前1時50分35秒にあたる。歴史上初めて、月を探査し地質サンプルを持って帰還するニール・アームストロング、バズ・オルドリン、マイケル・コリンズ、3人の宇宙飛行士を全米が待ちわびた日だ。

3人の搭乗したアポロ11号の司令船(コマンドモジュール:CM)は、太平洋上に無事に着水した。その29分前、帰還の旅路を共にした機械船(サービスモジュール:SM)が分離され、大気圏再突入の衝撃でバラバラになって燃え尽きている。CMとSMの再突入は、待機していたNASAの航空機によって撮影され、美しい画像として記憶に残されている。

50年経って明らかになったアポロ11号の危機

だが、美しい画像の背後に、宇宙飛行士の命を奪ったかもしれない危険が隠れていたという事実は、アポロ11号のミッションから50年近く経ってから明らかになった。サイエンスジャーナリストのナンシー・アトキンソン氏の新著『Eight Years to the Moon: The History of the Apollo Missions』には、この画像を重大なインシデントとして捉えていた当時のNASAのエンジニアの証言が記されている。

IMG_0601.PNGNancy Atkinson『Eight Years to the Moon: The History of the Apollo Missions』

地上への帰還後、テキサス州ヒューストンのNASA 有人宇宙機センター(現:ジョンソン宇宙センター)で開かれたミッション報告会の席上で、「サービスモジュールを見たか?」との質問にマイケル・コリンズ宇宙飛行士は「見た。私たちの近くを飛んでいった」と答えた。バズ・オルドリン宇宙飛行士も続けて「私たちの近くを飛んでいった。右側の少し上を、前方に向かって飛んでいった。回転していた。始めは4番ウインドウから見えて、そのあと2番ウインドウで見えた。本当に回転していた」と詳細を説明している。

2人の宇宙飛行士の証言に、報告会は騒然となった。直ちに公式の調査が始まり、レーダーの記録と航空機から撮影された画像など資料の見直しが行われた。

エンジニアたちを驚愕させた理由は、サービスモジュールを宇宙飛行士が肉眼で目撃するようなことはあってはならなかった、という点にある。コマンドモジュールと分離した後のサービスモジュールは、スラスター(小型エンジン)を噴射して軌道を変え、もっと後から大気圏に再突入するはずだったからだ。

万が一、再突入時にバラバラになったサービスモジュールの一部でもコマンドモジュールの軌道と交錯し、接触するようなことがあれば、時速4万キロメートルでの衝突となる。大事故は避けられず、3人の宇宙飛行士の帰還は危うい。宇宙飛行士がコマンドモジュールからサービスモジュールを目撃したということは、同じタイミングで接触の可能性があるほど近くを飛んでいたということを意味する。記録の調査により、「2つの機体は、同じ再突入コリドーを通過していた」と結論づけられた。

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アポロ11号大気圏再突入後の画像。Image Credit: NASA
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分離前のコマンドモジュール、サービスモジュールの構成図。図右側の機体の点線から下がサービスモジュール部分。Image Credit: NASA History Office
改修されたのはアポロ13号から