12月3日、2009年に米テキサス州のフォートフッド陸軍基地で銃を乱射して13人を殺害したニダル・ハサン死刑囚の死刑が、陸軍の銃殺隊により執行される。ヘグセス米国防長官は、その処刑の様子をライブ配信する方針を明らかにした。「このような行為に重大な結果が伴うことを人々に理解させる必要がある」というのが理由だ。

この発言に衝撃が広がっている。ヘグセスの計画を批判するために、過激派組織「イスラム国」(IS)のおぞましい記憶を引き合いに出す論者は多い。「胸くそ悪い。ISの処刑をまねしているのか」と、民主党のクリス・マーフィー上院議員はCNNで語った。

ジャーナリストのマーク・エイムズに言わせれば、ヘグセスがライブ配信を望む理由は、ISが人質の殺害映像を公開した理由と同じだ。社会に不満を抱く若い男性たちを過激化させ、仲間に引き入れることが狙いだというのだ。

しかし、死刑執行のライブ配信に反対するために、ISを先例として挙げることは適切ではない。それは事実に反するし、真に重要な論点を見えにくくする。

そもそも、公開処刑を初めて行ったのはISではない。長い歴史を通じて、西洋社会を含む多くの国で公開処刑が当たり前のように行われていた。それを正当化していた理屈も、ヘグセスの主張とほぼ同じだ。正義が執行されるところを人々に見せ、見せしめにしようというわけだ。

イギリスでは、1868年まで公開の死刑執行が行われていた。1936年には、米ケンタッキー州オーエンズボロに2万人が集まり、アメリカで最後の公開絞首刑を見物した。ヘグセスが復活させようとしているのは、私たちの社会が過去に行ってきたこと、それも比較的最近まで行っていたことなのだ。

本来議論すべきこととは
【関連記事】