「生きていること自体がリスク」
92歳だった父親は、入院から2カ月足らずで亡くなった。最期には、母親のことを「頼むぞ」と晴彦さんに言い残したという。
父親の死から半月ほど経ったころには母親が体調不良を訴え、救急搬送されて心臓のカテーテル手術を受けた。その際は介護休暇を使って5日間、母親に付き添った。親の介護は、晴彦さんの仕事にも直接影響するようになった。
手術は成功し、入院中に介護申請を行うと母親は要介護1に認定された。以後は仕事を休み、本格的な介護ではないものの家事や母親の世話をする日々が続いた。
親の介護を意識し始めた晴彦さんは、母親の要介護度が上がった時のことを考えると、どういう生活になるのか心配で仕方がない。母親に何かあったり、自分が急に体調を崩したりすることが怖い。その時に有給休暇が残っているかどうか。有給休暇を使い切って欠勤になれば、その分、収入が減ってしまう。(60ページより)
しかも晴彦さん自身も、10年足らずで65歳を迎える。とはいえ自分の老後まで考える余裕はない。年金の受給額は、月10万円ほどの見通しだそうだ。
「とにかく、明日どうなるかが心配です。生きていること自体がリスクとしか思えないのです。年金だって今後もっと減るかもしれない。姥捨て山の時代に戻ってしまうのではないか。年金はどんどん受給額が減っていくだけ。介護疲れによる殺人のニュースが度々報道されますが、誰かが助けてくれるような社会ではない。自分だってどうなることか。日々を過ごすのが精いっぱいで先のことなんて考えられない。死んだほうが楽としか思えないです」(60〜61ページより)
親の介護によって働き方が制約され、安定した収入を得られない。その一方で、自分自身の老後も刻々と近づいてくる。晴彦さんのケースは、親の介護と自らの高齢化が重なり始める就職氷河期世代が、これから直面し得る問題を浮き彫りにしている。
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。他に、ライフハッカー[日本版]、東洋経済オンライン、サライ.jpなどで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)、『この世界の中心は、中央線なのかもしれない。』(辰巳出版)など著作多数。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。
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