ディズニー・アダルトは大人になることを拒んだわけではない
私はしょっちゅう似たような会話をしている。最近も同僚とこの話になった。シェーン・クロウチャーは本誌で「成人したディズニーファンに告ぐ。ミッキーの耳を外して、家に帰り、大人になれ」という論説を書いた。当然ながら、SNSでは反発が広がった。
彼はこう書いている。
「子どもがいる大人で、経済的に余裕があるなら、ディズニーワールドに行けばいい。どっぷり浸かって楽しめばいい」「だが、以上のどれにも当てはまらない、れっきとした大人だったらどうか。しかもディズニーワールドにいるのだとしたら? 一度、じっくり自分自身を見つめ直したほうがいい。恥ずかしさで身を焦がすがいい。どうせ『大人になる』なんて言葉を使っているのだろう? 書いているだけでも気分が悪くなる。ミッキーの耳をゴミ箱に捨て、家に帰って大人になれ」「ミッキーの耳を外して、家に帰り、大人になれ」。
なかなか手厳しい。もっとも、スペース・マウンテンに一回乗れば忘れられそうな話ではあるが。
一瞬、インターネットがどういう場所かを忘れて、私はシェーンの記事を紹介するインスタグラムの投稿にコメントした。
「私の楽しみは奪えないよ。ディズニーでチュロスを食べられるくらい恵まれてるから、ストレスなんて感じてる暇ないし」
その後どうなったかは、想像がつくだろう。
私のコメント欄には、シェーンの言い方を批判する返信が殺到した。ここでは紹介しない。一応、感じのいいエッセイにするつもりだから。
ただ、あのチュロスの冗談の裏には、私が本気で思っていることがある。
シェーンは、話を逆に捉えている。
ディズニー・アダルトであることは、大人になるのを拒んでいるということではない。むしろ私たちの多くにとっては、大人になったからこそ、ようやくできるようになったことだ。