しかし同時に、こうした立場の断絶を、単なる対立として固定化してしまうことへのためらいも、僕の中にはある。なぜなら、摩文仁で軍歌を歌う彼らの声に注意深く耳を傾けてみると、その多くが「二度とこのような戦争を繰り返してはならない」という言葉に行き着くからである。
そこには、政治的な立場こそ大きく異なるものの、暴力の行使を拒もうとする意志が、かすかながら共有されているようにも思える。
分断とは、立場の違いそのものから生まれるのではない。相手を記号化し、名前を持たない存在として扱い、理解しようとする努力を放棄したときに、決定的なかたちをとる。ネット空間で罵声を投げ合うことは、その最も安易な帰結である。
それに抗うために必要なのは、共通の結論に至ることではない。むしろ、違いを消去しないまま、顔を合わせ、名前を呼び、互いを具体的な存在として認識し続けることである。敬意をもって対話を継続するという努力こそが、分断が常態化しつつある世界を生き延びるための、ひとつの智恵なのではないだろうか。
国家はしばしば死者を意味づけ、物語化し、統合の象徴として利用する。しかし摩文仁で繰り返されてきた個々の慰霊は、その単線的な物語化に抗う。名もなき死者、帰る場所を持たない遺骨、語られなかった経験。それらに向き合う行いは、歴史を一義的に閉じるのではなく、問いとして開き続ける力を持っている。
6月23日の慰霊の日、90歳となった初子さんは今年も魂魄之塔の横に座り、花を並べていただろう。いまは孫やひ孫たちが手伝い、初子さんは監督役として穏やかに全体を見守っている。
摩文仁で感じる「清らかさ」とは、死が浄化された結果ではない。むしろ、死を安易に受容せず、忘却せず、祈りとして受け止め続けてきた時間の厚みそのものなのだと思う。
慰霊とは、和解や結論ではなく、終わりのない思考と営為の実践である。その積み重ねが、暴力に覆われた土地を、かろうじて人が立ち止まり、考え続けることのできる場所へと変えてきた。そのことを、摩文仁は今日も静かに語り続けている。
[注]
(*1)映画『摩文仁 mabuni』公式サイト
新田義貴(Yoshitaka Nitta)
1992年NHK入局。報道局、沖縄放送局などで、中東やアジア、沖縄などを舞台に番組制作を行う。2009年に独立して映像制作会社ユーラシアビジョンを設立し、ドキュメンタリー作品の制作を続ける。劇場公開作品は『歌えマチグヮー』、『アトムとピース』、『摩文仁 mabuni』。