<北方領土問題は、ロシアが本気で日本の力を借りたいと思ったときに初めて動き出す>

ロシアのプーチン大統領が北方領土の択捉島に行ったことで、日本の世論はいきり立った。当たり前だ。ロシアが実効支配しているとはいえ、不法占拠された自宅が海を隔てた目の前で好き勝手にされているのを見たら、誰でも怒る。

この問題のいきさつは長い。幕末の1855年、日本とロシアが初めて外交関係を結んだ日ロ和親条約では、国境線は択捉、国後、色丹、歯舞群島の4島の向こう側に引かれた。つまりロシアは最初から北方4島を日本領として認めたので、1945年の終戦の際の混乱でソ連軍が急きょ進軍して日本人住民を追い出して以降の状態は、法的にはロシア軍による占領。平和条約を結び、日本の固有の領土からは撤退してもらうのが筋だ。

しかしソ連は、日本がアメリカと同盟関係にあることを理由に(実際、日本に基地を持つ米軍は、オホーツク海に展開してアメリカを狙うソ連原潜などにとっては脅威)、北方領土問題についてはすげない姿勢を一貫して取ってきた。

ソ連が崩壊して権力を握った当時のエリツィン大統領は、領土問題を動かすそぶりで、日本から経済支援を引き出そうとする。日本はエリツィンの動きにあえて乗り、97年11月には橋本龍太郎首相がクラスノヤルスクでエリツィンと会談。2000年までには平和条約を結ぶという言質を取って帰国した。

00年に大統領がプーチンに代わってからも、ウクライナ戦争に至るまでは、日ロ関係は「協力関係を強化して信頼関係を築き、領土問題の解決を図る」という流れにあった。日ロ関係は、第2次安倍政権で再びピークを迎えるが、プーチンに領土問題で譲る気はないことが明らかになって以後は勢いを失い、22年のウクライナ戦争で日本も対ロ制裁に加わったことで両国関係は悪化した。

大事なのは世界を味方に付けること
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