1995年7月にボスニア東部スレブレニツァの国連「安全地域」で少なくとも8000人のイスラム教徒の虐殺を指揮し、ジェノサイド(集団殺害)罪などで終身刑の判決を受けた旧ボスニア・セルビア人勢力のラトコ・ムラディッチ元司令官が27日、国連管理下のオランダ・ハーグ郊外の収容施設で死亡した。弁護士が明らかにした。

スレブレニツァ虐殺は、第2次世界大戦後の欧州で最悪の残虐行為とされる。虐殺は3年余り続いたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の末期に起きた。ムラディッチ元司令官は包囲下の首都サラエボに対し、民族主義的なセルビア人勢力軍を率いて砲撃を繰り返し、1万人を死亡させた。

逮捕されたのは2011年。旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)は一連の行為について、「民族浄化」すなわちボスニアの土地を「大セルビア」構想のために確保する目的で、ボシュニャク(ボスニア系イスラム教徒)やクロアチア人など非セルビア系住民を強制的に追放したと認定。ムラディッチ元司令官が故スロボダン・ミロシェビッチ元セルビア大統領、ラドバン・カラジッチ元ボスニア・セルビア人政治指導者とともに、この計画を実行する犯罪的共謀に加わっていたとしていた。

息子によると、公文書上の生年月日は1942年3月12日だが、実際は1943年3月8日生まれだったという。

ボスニア紛争でムラディッチ元司令官が築いた軍は、冷酷さと大胆さ、残虐性で知られた。戦時中には拘束者に塩を食べさせて水を与えず脱水状態に追い込んだり、収容所で飢餓や性的暴行を加えたり、橋から飛び降りさせて射殺したりするなど、多数の残虐行為が行われたとされる。

1995年に北大西洋条約機構(NATO)が限定的な空爆をちらつかせて圧力をかけると、ムラディッチ元司令官の部隊は対抗措置として国連平和維持要員を人間の盾にし、攻撃対象となり得る施設に拘束した。

[ロイター]
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