Maria Cheng
[オタワ 26日 ロイター] - カナダのカーニー首相は、米国との通商交渉打ち切りで多くのカナダ国民から支持を得ている。しかし、トランプ米大統領に対するこうしたカーニー氏の強硬姿勢に集まった幅広い支持は、貿易戦争の影響が実体経済に表れ始めれば数カ月以内に揺らいでもおかしくない。
11月の米議会中間選挙後も与党共和党が議会で多数派を維持し、トランプ政権下の保護主義的な政策が強化された場合、カーニー氏の交渉力はさらに弱まる恐れもある。
カーニー氏は、米国の関税措置に報復した世界で数少ない指導者の一人だ。カナダの輸出の約70%は米国向けで、カナダ経済は米国市場への依存度が極めて高い。それにもかかわらず、カーニー政権は25日、200億ドル相当の米国製品に対する同規模の報復関税を発表し、さらに75億カナダドル(54億1000万米ドル)の経済支援策も打ち出した。
ただ、カナダ財務省の元顧問であるマギル大のジュリアン・カラゲシアン教授(経済学)は「失業率の上昇や工場閉鎖、所得減少といった形で貿易戦争の影響が目に見えて現れ始めれば、カーニー首相の交渉上の優位性は徐々に失われていくだろう。カナダは米国との消耗戦型の経済戦争に勝つことはできない」と言い切った。
米国の経済規模はカナダの約13倍に達する。人口だけを見ても、カナダはおおむね米西部カリフォルニア州と同程度に過ぎない。
カーニー氏の事務所はコメント要請に回答しなかった。
今回の追加関税の応酬に加え、トランプ氏がカナダの主権に関する挑発的発言を繰り返したことで、両国関係は近年まれに見る緊張状態に陥っている。そのようなトランプ氏の行動は、カーニー氏への国民の支持拡大を後押ししている。
カーニー氏は中堅国同士が連携して新たな国際秩序を築くべきだと訴えるとともに、米国依存から脱却するために貿易・安全保障上の連携強化を進めている。
<戦時下の心理>
米国は、カナダとの暫定的な通商合意に対して土壇場で修正を加えた。カーニー氏によると、その内容には米国の自動車関税の見直し、フランス語使用要件の制限、さらにはカナダが第三国と自由に通商協定を結ぶ余地を狭める条項などが含まれていた。
CNNが25日、こうした土壇場での変更についてトランプ氏に質問したところ、同氏は「いかにも私らしい話だ」と答えた。カーニー氏はこの通商対立を説明する際、カナダは「攻撃を受けた」と表現するなど軍事的な言い回しを用いた。
アンガス・リード研究所の世論調査では、カナダ国民の76%が通商交渉停止の決定に賛成していることが明らかになった半面、40%は自らの雇用に不安を抱いている。
トルドー前首相時代に首相府で世論調査や政策調査の責任者を務めたダン・アーノルド氏は「カナダ国民はトランプ氏への対応に関してカーニー首相の方針を支持している。まるで戦時下のような心理状態で、人々は米国に対抗するためならある程度の犠牲を受け入れる覚悟を示している」と分析した。
さらに「政治とは物語を語ることだが、トランプ氏ほど分かりやすい『悪役』はいない。カナダ国民は経済的困難の責任をカーニー首相ではなく、トランプ氏に求めている」と語った。
もっとも、アーノルド氏は国民の支持が続くのは最短ならば今後6カ月程度にとどまるとみており「それよりも長期にわたって支持を維持できるかどうかは分からない」とくぎを刺した。
これまでカナダ経済は、鉄鋼、アルミニウム、自動車、木材に対するトランプ政権の関税措置を何とか乗り切ってきた。カナダの輸出品の大半は、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の枠組みにより関税対象外となっていたためだ。
エコノミストの間では、今週発表されるカナダの2026年第2・四半期の経済成長率が大幅に回復したことが示されると予想されている。7月の失業率は6.4%と2年ぶりの低水準まで改善した。
しかし、カルガリー大のトレバー・トムブ教授(経済学)は、トランプ政権がカナダからの輸入品に新たに課した追加関税はカナダの輸出全体の5%程度にしか影響しないものの、最終的には9万人の雇用喪失につながる可能性があると警告する。
さらにカナダ銀行(中央銀行)の分析では、米国がUSMCAから離脱した場合、カナダ経済は景気後退に陥る公算が大きい。
<時間的な制約>
マギル大のカラゲシアン教授は、たとえ米民主党が中間選挙で善戦したとしても、カーニー氏は引き続きトランプ氏からの圧力に直面するだろうと指摘する。
カラゲシアン氏は「トランプ氏は裁判所の判断を無視し、議会の承認なしに大規模な戦争を遂行し、全世界を相手に貿易戦争を仕掛けている。もしも民主党が下院や上院を奪還したとしても、それでトランプ氏を止められるとは思えない」と述べた。
ホワイトハウスのある高官も、民主党が中間選挙で勝利すれば対カナダ政策が軟化するとの見方について「絶望的な幻想に過ぎない」と否定。トランプ氏がカナダの不公正な貿易慣行に対抗するため、大統領権限を活用して関税を課していると説明した。
トランプ氏はここ数日、「カナダは何十年もの間、米国を食い物にしてきた」と主張。オンタリオ湖の名称を「アメリカ湖」に変更する可能性にも言及した。
こうした中でカラゲシアン氏は、最終的には雇用喪失やインフレ、生活費高騰といった問題が、カーニー氏の対米強硬姿勢を制約することになるとみている。
カナダは主要7カ国(G7)諸国で最も高い食品価格上昇率に直面しており、住宅価格の高騰による住居費負担の問題も長年続く。同氏は「カナダは世界各国向けの輸出を増やすことはできるだろう。だが、カーニー氏に残された時間はすでに限られている」と話す。
そして「いずれ失業者が増え、フードバンクを利用する人も増えていく。その時点で国民は『これがあなたのせいではないことは分かっている。しかし、とにかくトランプ氏と合意をまとめてほしい』と言うようになるだろう」と予想した。