Tamiyuki Kihara

[東京 25日 ロイター] - 米国政府が国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長らを制裁対象とした問題は、日本政府の外交姿勢を根本から問い直す事態に発展している。与野党から赤根氏の支援を求める声が上がる一方、政府は現時点で目に見える対策を講じていない。なぜ、高市早苗首相は米に対し「大変残念だ」と述べるにとどめたのか。複数の政府関係者に取材すると、米との関係の中で「実利」を目指さざるを得ない日本の立場が見えてくる。

<「すぐにコメントを準備する」>

「日本は紛争の平和的解決や法秩序の維持に向けた国際司法機関の役割を重視し、その強化に向けて積極的に関与してきた」。茂木敏充外相は24日に開かれた外務省主催のイベントに向け、こう述べたビデオメッセージを寄せた。ICCと国際司法裁判所(ICJ)の名前を挙げ、「所長をいずれも日本人が務めていることも、こうした取組の積み重ねの表れだと言える」ともアピールした。

ただ、この間の政府の姿勢は物議を醸している。赤根氏らを制裁対象とする米の発表を受けた19日朝、外務省幹部は「ICCにとっていいことであるわけがない」と不快感を示し、すぐに政府としてのコメントを準備すると述べた。ところが、コメントが発出されたのは約6時間後。「今回の措置は大変残念だ」などとする外務報道官談話にとどまった。

高市氏が同様に「大変残念に思っている。これからも米国を含む関係国と意思疎通を継続しながら対応していく」と記者団の取材に応じたのは、その更に約3時間後だった。

<「『残念』は意思ではない」>

政府の対応には与野党から批判的な声が上がっている。21日に開かれた自民の外交関連部会では、出席議員から「日本は赤根氏を守っていく立場ではないか」などと政府に対応を求める意見が出た。中谷元・前防衛相が共同会長を務める「人権外交を超党派で考える議員連盟」は24日、国会内で会合を開いて「当事国であるはずの日本の反応は、諸国と比べて段違いに弱い。『残念』は感想であって、意思ではない」などとする非難声明を発表。政府に対し、制裁への明確な抗議と米政府への即時撤回要求の表明を求めた。

国民民主党の玉木雄一郎代表は自身のソーシャルメディア「X」で、「日本の金融機関が過剰なリスク回避をして赤根所長との取引を停止しないよう、何らかのガイドラインを出すべきだ」と発信している。

<「どう『実利』を取るか」>

一方、複数の政府与党関係者はロイターの取材に、対応の「難しさ」を明かす。外交政策に詳しい関係者は、「大変残念だ」とした政府の公式見解が「弱いレベルの表現にとどまるもの」と認めた上で、「米を強く非難したとして、問題が解決するかと言えばそうではない」と話す。トランプ氏の更なる強硬姿勢を誘発すれば、「それこそ米は振り上げた拳を下ろせなくなる」というわけだ。

別の関係者は、米によるドル決済の規制について日本政府として取り得る手段は限られるとし、「日本が表立って動けば、赤根氏に更なる不利益を与える懸念もある」とした。日本が安全保障上も米に依存せざるを得ないという前提があるとも指摘した上で、「米を非難すれば気持ちはいいのかもしれないが、外交はそれだけでは立ち行かない。どう『実利』を取るかを考える必要がある」と語った。

木原稔官房長官は24日の記者会見で、ICCを支持する政府の姿勢に変わりはないとしつつ、具体的な対応については「今後とも(赤根氏と)意思疎通を行いながら、必要な支援があればしっかりとやっていく考えだ」と述べるにとどめた。

<「長期的な国益を害する」>

専門家はどう見ているのか。上智大の前嶋和弘教授(米国政治)は、米政府による赤根氏の制裁対象追加を「米国的な『力による正義』が国際法秩序をも上回るというトランプ大統領の身勝手な判断だ」と指摘する。第二次世界大戦以降も数々の紛争に自国兵士を派遣してきた米にとって、戦争犯罪を裁くICCは不都合な存在だったとし、赤根氏の件は「アメリカ・ファーストが露呈したものであり、大きな禍根を残すものだ」と述べた。

日本政府の対応については、「大変残念だ」で収めるレベルの問題ではないと強調。その上で、例えば赤根氏が使う日本のクレジットカード会社が制裁対象とされたり、日本がICCの最大の分担金拠出国である点などを理由に追加関税を課されたりすることを政府は恐れたのではないか、と分析した。

一方、米が世界の安全保障体制から距離を取る大きな潮流や、トランプ氏が北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記との会談を模索していることなどを念頭に、「仮に米が北朝鮮の核保有を認めるようなことになれば、日本の安全保障は根本から変わる」とし、「日本政府には、このタイミングで米との関係を悪化させたくないという考えが働いたのではないか」とも話した。

ただ、仮にこうした事情があったとしても、前嶋氏は今回の政府対応が「長期的な国益を害する」と見る。法秩序を重視してきたからこそ、日本は国際的な評価を受けているとし、「過度な米依存からの脱却を目指すミドルパワーの中で日本が存在感を発揮するためにも、短期的な実利ではなく、長期的な国益を追求するべきだ」と語った。

(鬼原民幸 編集:橋本浩)

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