あり得ない話だけれど、もしもタイムマシンがあったなら、私たちは人類史のどんな時代にも降り立つことができる。古代ギリシャのアテネでも、中世の修道院でも、はるか昔の青銅器時代に栄えたヒッタイト王国でもいい。

どの時代、どの地域で出会う人にも、いわゆる「男」と「女」の違いは見受けられるだろう。文化は異なっても、たいていは服装や髪形、体形などでジェンダーを見分けることができる。

しかしタイムスリップした先で出会った人に、男と女の根本的な違いは何かと問えば、きっとさまざまな答えが返ってくる。男が女に(あるいは女が男に)なることは可能か、男でも女でもない人間は存在するのかと尋ねてもいい。答えはきっと、誰に尋ねたかで異なる。

キリスト教の修道士とヒッタイトの戦士では答えが違うだろう。同じ場所でも、職業や社会的地位が違えば答えも違ってくるはずだ。

ここで注意したいのは、ジェンダーの境界があったと認められる古代社会には必ず、その境界を越えていく人々の存在を示す証拠も認められるという点だ。そこに人類がいる限り、必ず「トランスジェンダー」の人がいたと言ってもいい。

筆者らは共に、大学で古代ギリシャやローマの文化を講じている。一方は古代ギリシャの数学と科学、一方はその時代のジェンダーの歴史が専門だ。だから以下では古代ギリシャとその周辺地域に的を絞り、その時代を生きたトランスジェンダーの人々について考えてみたい。

言うまでもないが、古代の人々に「トランスジェンダー」という概念はなかった。現代において、この語は「出生時に男または女と分類されたものの、後にその分類を受け入れないと決めた人」を指す。そして現代における男女の分類は肉体の解剖学的特徴やホルモン、染色体によって決まるが、ジェンダーの概念には、そうした分類が自分の行動や自分に対する他者の接し方に及ぼす影響も含まれる。

「両性具有者」「去勢者」「男女の区別がつかない者」

しかしホルモンの発見(1849年)やDNAの発見(1869年) 以前には、人々のジェンダー観は今とは大きく異なっていた。

紀元前4世紀のギリシャの哲学者アリストテレスは男女の違いを、身体がどの程度の熱と湿潤性を持つかによって説明した。同じ頃に活動した同じくギリシャの弁論家イサイオスは、法律で認められる権利や特権の違いによって男女を区別した。

しかし、こうした分類に収まり切らない人々は常に存在した。そんな人たちを、古代の知識人は「両性具有者」「去勢者」「男女の区別がつかない者」などと呼んだ。いずれも侮蔑的・差別的な響きを持つ言葉だが、きっと当時の人たちも、標準的な分類に収まらない人々をどう位置付けたらいいか分からず、苦悶していたに違いない。

また紀元前5世紀のギリシャでは「歴史の父」と評される文筆家ヘロドトスと「医学の父」のヒポクラテスが、スキタイ(現在のウクライナや南ロシアに当たる地域)に暮らすスキタイ人についてアナリエイスと呼ばれる人々がいたことを記している。そこに描かれたアナリエイスは現代のトランス女性にそっくりだ。

トランスジェンダーと思われる人々の存在を示す証拠は、さらに古い時代からも見つかっている。

今年3月には、現在のハンガリーに当たる地域に存在した新石器時代の墓125基に関する発掘調査の結果が発表された。7000年前にもジェンダーの境界を越えて生きる人々がいた可能性を示す興味深い研究だ。

この考古学者らは遺骨のDNAとその形状を基に、被葬者が現代に生まれていれば出生時にどの性別を割り当てられたかを推定し、64人を女性、52人を男性に分類した。

全体として見れば、女性に分類された人と男性に分類された人では暮らし方や働き方、埋葬の方法に明らかな違いがあった。しかし一部には、推定された性別とは異なる生活や労働の痕跡、埋葬の仕方が見られたという。

例えば、生物学的に女性と分類されたある人物は、本来なら男性の墓に納められるタイプの石器と共に埋葬されていた。骨に残された生活痕も、男性の遺骨に多く見られる特徴に近かった。

7000年前のトランスジェンダーを掘り当てたのか?

では、この考古学者たちは7000年前のトランスジェンダーを掘り当てたのだろうか。あいにく、そうとは言い切れない。石器時代の人々がジェンダーをどう理解し、自分自身をどう位置付けていたのかを正確に知るのは不可能だ。この女性と判定された被葬者が、生前に自分を男と見なしていたか、周囲の男たちが彼女を男の仲間と認めていたか。それを知る手掛かりはほとんどない。

しかし石器時代の社会にもジェンダーによるライフスタイルの違いがあったことは知られており、この被葬者はその規範から逸脱していたことが分かる。

この被葬者の気持ち、トランスジェンダーの人なら分かるだろう。彼女が自分をどう呼んでいたかは知る由もないが、今の基準で言えば、彼女は間違いなくトランスジェンダーの一員と呼べる。

残念ながら、人類史上のトランスジェンダー第1号を特定することはできない。ある日突然、どこかにトランスの元祖が出現したわけではないからだ。今で言う「トランスジェンダー」の人は、古代エジプトにも大昔の中国にも、マヤ文明にもいたはずだ。

そう、今も昔もこれからも、トランスジェンダーは人類社会の一員であり続ける。

The Conversation

Ky Merkley, Senior IT Specialist, University of Illinois Urbana-Champaign and Nick Winters, Assistant Professor of Classics, Northwestern University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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