フィリピンで初放送されてからほぼ半世紀がたつ今も、国民的記憶の中に特別な位置を占める作品──それが、日本のロボットアニメ『超電磁マシーン ボルテスⅤ』だ。懐かしの子供向けテレビ番組として親しまれているだけでなく、ローカライズや消費行動を通じて、世代をまたぐ文化的象徴になっている。

筆者がその衝撃を初めて体験したのは1999年、フィリピンの放送局GMAネットワークで再放送された時だ。その20年前に初回放送を見ていた兄が一緒だった。暴力性や反体制的テーマ、政治的圧力などの理由で、79年当時に放送が中止された最終4話も見ることができた。

日本で77年に放送開始した『ボルテスV』は、総監督の長浜忠夫が手がけた『超電磁ロボ コン・バトラーV』に続く「長浜ロマンロボシリーズ」の2作目だ。本国での人気は同時代の『マジンガーZ』や『UFOロボ グレンダイザー』にかなわなかったが、フィリピンでは全く異なる軌跡をたどることになった。

当時のフィリピンでは、72年にフェルディナンド・マルコス大統領が布告した戒厳令によって市民の自由が制限され、独立系メディアの多くが統制されていた。GMAが『ボルテスV』の英語吹き替え版を放送したのは78年5月。視聴率は16%と新番組として異例の高さで、その後、最高視聴率は58%に達した。

大人になって政治的含みに気付いた
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