この女性チア・リン・クワはウィスパーロッジから派遣されてきた。前出のラウと、劇作家のアンドルー・ホフナーが共同で設立したウィスパーロッジにはASMR体験の「イマーシブ(没入型)シアター」がある。これは10人限定のセッションだが、別に一対一の「ウィスパー・オンデマンド」もあり、料金は45分100ドルから。エステのマッサージ並みの料金だが、(少なくとも私には)エステと同じくらいの効果があった。実を言えば、私は子供の頃からASMRのような感覚を覚えていた。

シンガポール出身で26歳のラウも10代の頃に、YouTubeで不思議な映像を見つけた。その動画をこっそり見ていると、厳格な家庭で暮らすストレスが減ったという。

「そんな動画を見ているなんて、恥ずかしくて人に言えなかった」と振り返るラウはある晩、映像のコメント欄をヒントに「ASMR」を検索してみた。「そしたら同じ感覚を持つ人が大勢いて、ああ自分はおかしくないんだと安心できた」

大学では美術を専攻し、卒業論文のテーマはASMR。やがてイマーシブシアターに夢中になったことから、ホフナーと出会った。ホフナーはASMRを知らなかったが、自身が主宰する没入型パフォーマンス『ハウスワールド』の観客には、期せずしてASMR効果を及ぼすことがあったようだ。

「ウィスパー・オンデマンド」を受けるときは「ささやきとボディータッチに性的な含みはない」ことを確認し、服を脱がないという誓約書にサインする。クワは手近なテーブルにブラシやタコ型マッサージ器を置く。それを見ただけで、私はわくわくした。

音楽が流れ、彼女がささやき始めた瞬間、部屋の分子構造が変わる。気まずさが消えて心が静まり、なんというか......守られている気がする。

最初はかすかなぞくぞく感も、次第に強くなってくる。ブラシでなでられてうっとりし、くしで頭皮を刺激されて恍惚とする。サルが毛づくろいでこんな快感を味わっているのなら、来世はサルに生まれたい。

そして時間の感覚が消えた頃、かなたからクワの声がする。「セッションは終わりです。ローズマリーのミストをひと噴きしましょうか」

ああ、もちろん。もっとぞくぞくさせてくれ。

<本誌2019年01月15日号掲載>

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