死や肉体的な損傷を徹底的にむごたらしく描く
ある参加者は歩みが遅くなり、「角ばった、にきびだらけの顔は、血と脳味噌と飛び散った頭蓋骨の破片となって消えた」。発作を起こして道に倒れ込んだ若者は「体を曲げたり伸ばしたり、手足をはねあげてばたつかせたり、喉の奥でうがいするような妙な音をたてたりした。羊が鳴くようなアーアーアーという、まったく意識を失った声」とキングはつづる。
だがローレンスは、若者たちの死や肉体的な損傷を徹底的にむごたらしく描く(R15+指定も納得の暴力性だ)。観客は、参加者の1人がズボンを下ろして路面に下痢便をまき散らす姿まで見せられる。だがそうした恐怖は「三銃士」の4人の間に芽生えた連帯感でうまく相殺されている。
原作でも映画でも、アメリカがこれほど荒廃した理由はほとんど語られない。映画で諸悪の根源として描かれているのはマーク・ハミル演じる「少佐」だ。少佐はロングウォークという恐ろしいイベントに君臨しているが、その表情はサングラスで見えない。
少佐はロングウォークの開催理由について、国の生産性が上昇するからだと述べる。だがそれは、少佐の言うようにテレビ中継を見た人々の心が鼓舞されるからなのか。それとも恐怖からなのか。
若者たちの周囲に配置された戦車には、テレビ中継のためのカメラが取り付けられている。だが道路は気味が悪いほど閑散としている。
原作の冒頭には、3つの引用文が並んでいる。その1つがイギリスの思想家で歴史家のトーマス・カーライルのものだ。
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