モナ・ファストボルド監督の映画『アン・リー/はじまりの物語』は、ダイナミックな身体表現を通じて観客の魂を揺さぶる、荒々しくも強烈な作品だ。キリスト教の一派であるシェーカー教団の創始者アン・リーの生涯を描いているが、正統派の宗教映画とはかなり趣が異なる。

このジャンルの傑作とされるのは、美的な要素を極力排し、信仰とそれに伴う葛藤をリアルに描いたドラマだ。宗教的エクスタシーに溺れるような場面はご法度で、俳優たちはひたすら内に秘めた献身と苦悩を表現する。古典的な傑作とされるのは、1955年のデンマーク映画『奇跡』。『冬の光』(63年)や『バルタザールどこへ行く』(66年)がこれに続き、近年では『魂のゆくえ』(2017年)が高く評価された。

一方、『アン・リー』は男性視点で宗教体験を描いたこの手の映画とは一線を画す。女性監督のファストボルドは自制ではなく過剰なまでの身体性を通じて、超越の境地に至る信仰のドラマを壮大に描いてみせた。

撮影監督のウィリアム・レクサーが35ミリフィルムで撮った映像は質感豊かで、一つ一つの場面が一幅の絵画のよう。その中心に位置するのが、タイトルロールを演じるアマンダ・サイフリッドの身体性を極めた演技である。

多くの観客にとって、サイフリッドはミュージカル映画『マンマ・ミーア!』(08年)のソフィ役でおなじみだろう。『アン・リー』もミュージカル仕立てだが『マンマ・ミーア!』とは別物で、サイフリッドがコゼット役を演じたミュージカル映画『レ・ミゼラブル』とも趣を異にする。そもそもアンはサイフリッドが演じてきたどの役柄とも異質の、唯一無二のヒロインだ。

歌と踊りで霊性を表現

観客が最初に出会うのは、18世紀の英マンチェスターに住む少女時代のアン。彼女は心ならずも両親の夜の営みを見てしまい、セックスに根深い不安を抱くようになる。その心理はエデンの園のイメージで暗示され、映画の画面を、そしてアンの夢の中を、巨大なヘビがはい回る。

アンはハンサムな鍛冶職人と結婚する。だが夫が特殊な性的嗜好の持ち主だったため、性行為への拒否感は悪化。しかも大難産で産んだ4人の子供は皆、幼くして死に、罪悪感に苦しむアンはますます性行為を嫌がるようになる。

信仰心にあついアンは、肉欲に溺れる罪を忌避するあまり、完全な禁欲こそ人類が救われる唯一の道だと確信する(そうなると子孫はできないから、矛盾した考えだが)。

アンの弟のウィリアムは姉の主張に感化され、同性の恋人と別れて姉と共にアメリカ東海岸に渡る決意をする。新天地に理想郷を築こうと、少数の信徒が渡航に加わるが、アンの夫は禁欲と男女や人種の平等、弱者救済を掲げる妻に付いていけず去っていく。

喪失、死、自己否定といった要素に満ちたこの映画は、暗い色調一色に塗り込められてもおかしくない。だが全編に流れる音楽がそれを救う。

アンはジェーンとジェームズのウォードリー夫妻に紹介される。夫妻は元クエーカー教徒で、「シェーキング・クエーカーズ(震えるクエーカーたち)」と呼ばれる独自の礼拝スタイルを実践していた。アンは夫妻にキリストは女性の姿で再臨すると教わり、自身の使命に目覚める。そして即興的な歌と踊りを取り入れた礼拝を行うようになる。

信徒たちが震え叫び、歌い踊る場面は自然発生的な熱狂のようだが、実は綿密に演出されている。作曲家のダニエル・ブルンバーグがシェーカー教団の伝統的な賛美歌を基にした楽曲を提供。作中ではサイフリッドが歌うほか、イギリスの前衛ジャズ・フリー即興のボーカリスト、フィル・ミントン率いるフェラル・クワイアがわざと素人っぽく、荒々しく激唱する。

『アン・リー/はじまりの物語』
『アン・リー/はじまりの物語』 ©2025 SEARCHLIGHT PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.

ゴージャスで重厚な傑作

振り付けはシーリア・ロールソンホール。シェーカー教徒の踊りを描いた古い挿画や現代のレイブ・パーティーでのダンス、さらにはシェーカー教団の工芸的なセンスも参考にしたという。自給自足をモットーとするシェーカー教徒は建物や家具調度を手作りし、その合理的なデザインと優れた職人技で知られている。

作中のダンス場面で、信徒たちはトランス状態に陥ったように恍惚としている。まるでアンと信徒たちの性愛のエネルギーが全て天国に向けられているかのようだ。

アンと親友のシスター・メアリーの深い信頼関係にもほのかにセクシュアルな要素がうかがわれる。メアリーは作中で語り手を務め、観客は彼女の視点を通してアンの苦闘を見つめる。アンは理不尽な迫害に耐えなければならなかったが、観客がメアリーと共に目撃するのは、ただの陰惨な弾圧の物語ではない。

歓喜を通じた超越、そして女性の連帯とリーダーシップを高らかにたたえる本作は、もっぱら内面のドラマとして描かれてきた宗教体験を観客を魅了する壮大な絵巻へと昇華させた。これは映画の新たな可能性を示したゴージャスかつ重厚な傑作だ。

『アン・リー/はじまりの物語』
監督/モナ・ファストボルド
主演/アマンダ・サイフリッド、トーマシン・マッケンジー
日本公開中

The Conversation

Catherine Wheatley, Lecturer in Film Studies, King's College London

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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