<シンギュラリティが現実味を帯びる今日、AI立国を掲げ牽引するマレーシアのアンワル首相は、人類とAIの未来をどう見つめているのか。来日講演で語った危機感と提言を紹介する>
マレーシアのアンワル・ビン・イブラヒム首相が9日、東京大学本郷キャンパスで「AIの発展と人類の未来」をテーマに講演しました。
同首相は「社会基盤にかかわるAIの知識や技術が偏在していることが世界の『不平等と不公正』を拡大させている」と指摘し、今後の国家の命運や民主主義にも影響が及びかねないと懸念を示しました。
AI(人工知能)がまもなくシンギュラリティ(技術特異点:AIが人間の知能を超え、科学技術の進歩や社会構造が急激に変化し、人間には予測できないレベルに達する転換点のこと)を迎えることは、最近は日本でも一般的に知られるようになり、危機感をもって受け止められています。
けれど、最近大きく報じられたAI関連のニュースといえば「対話型AIサービスのチャットGPTが、最難関とされる東京大学理科3類の合格者最高得点を50点上回って『首席合格』した」「巨人の阿部慎之助監督の退任問題で、若者がAIに気軽に相談する風潮の危うさが浮き彫りになった」などで、日本ではAI立国のあり方やAIと人類との関係に対する政府の考え方などは、あまり報道されてこなかったのが現状です。
ムスリム民主主義者として伝統と科学技術の両立をはかり、マレーシアのAI国家計画を牽引してきたアンワル首相は、AIと人類の未来をどのように見つめているのでしょうか。日本はAI立国で成功しつつあるマレーシアから何を学ぶことができるでしょうか。概観してみましょう。
アンワル首相は穏やかな表情で、講演を次のような言葉で開始しました。
「日本の偉大な詩人、正岡子規の話から始めさせてください。彼は、詩とは目に見えるものや心で感じるもの、つまり現実の生活に忠実であるべきと考えていました。現代の私たちは目で見ていますが、心では感じていません。
一方、AIは今や人間の声を完璧な音程で再現してささやいたり、美しい画像や音楽を作ったり、自信に満ちた答えを生み出すことができます。
しかし、より難しい課題に対しては、私たちが物事をはっきりと見極め、慎重に判断しなければなりません。私たちの道具であるAIが人間の表現を模倣しはじめたとき、人間はどうなるのかを問い続けなければなりません。
今、私たちの関心は、人間そのものと、AIの人間的な意味、すなわち私たちから学び、私たちに語りかけ、助言し、私たちのために行動できるシステムとどのように生きていくかにあります」
2022年11月に首相に就任したアンワル氏は、伝統的なイスラムだけでなく、近代的な宗教・文化としてのイスラムも重視する「ムスリム民主主義」の立場をとっている人物です。
1980~90年代にはマハティール内閣(当時)で要職を歴任、93年には副首相となり、かねてから「マハティール氏の有力な後継者」と見られていました。