6つに割れた腹筋「シックスパック」への強い憧れは衰える気配がない。男性の身体イメージに関する研究によれば、SNSを追い風に、その傾向はさらに加速しそうだ。
彫刻のように引き締まった腹筋を手に入れ、それを維持することが今や一大産業になっている。関連書籍やSNS投稿があふれ、アクション映画スターもこぞって鍛え上げた腹筋を誇示している。さらに、女性アスリート像の変化に伴い、女性にもシックスパックの腹筋を求める圧力が強まっている。
なぜ「太った体」が理想だった時代が終わったのか
この「シックスパック信仰」はいつ始まったのか。アーノルド・シュワルツェネッガーや映画『ランボー』が君臨した時代、つまり筋トレ雑誌やエアロビクスに象徴される1970〜80年代のフィットネスブームに起源を求める見方は根強い。
だが実際には、「割れた腹筋」への関心は、西洋における男性の身体イメージが変化し始めた、18世紀末から19世紀初頭までさかのぼる。
フランスの歴史家ジョルジュ・ビガレロによると、17世紀から19世紀初頭までのイギリスとアメリカでは、大柄でふくよかな体形が評価されていた。裕福な男性はたくさん食べられる経済的余裕があるとされ、恰幅のよさは成功の証しだった。
しかし19世紀初頭になると、体形をめぐる価値観は急速に反転する。ふくよかな体はだらしなさと自己管理の欠如と結び付けられ、引き締まった筋肉質の体形こそが成功と自己規律、さらには敬虔さの象徴と見なされるようになった。
ギリシャ彫刻と軍隊式体操が生んだ理想の肉体
この転換の背景にあったのが、古代ギリシャへの再評価だ。19世紀初めにイギリスに持ち込まれたパルテノン神殿の彫刻群「エルギン・マーブル」に象徴されるギリシャ彫刻の均整の取れた肉体が、男性像の理想型になった。
現在、SNSが身体イメージを増幅させているように、これらの彫刻群も当時の人々に男性のあるべき身体像を刷り込んだ。
筋肉への関心は、時代が進むにつれてさらに高まっていった。
1851年、ロンドンで開催された万国博覧会でギリシャ彫刻が展示され、理想の身体像が可視化された。58年にはイギリスの体育教育学者ジョージ・フォレストが、古代彫刻で印象的な腰回りの美しい筋肉の連なりがイギリス人にはない、という嘆きを著書に記している。
身体観の変化には、19世紀初頭に広がった軍隊式体操も大きな役割を果たした。ナポレオン戦争でフランス軍の身体能力を目の当たりにした後、ヨーロッパ各国は長距離行軍や機動力に優れたフランス軍に対抗するために若い男性の体力強化に乗り出した。
ドイツでは「ドイツ体操の父」と呼ばれる教育者フリードリヒ・ルートヴィヒ・ヤーンが、自重トレーニングを取り入れた体操「トゥルネン」を体系化してプロイセンの軍事力を強化。
また、スペインの軍人フランシスコ・アモロスがフランス軍兵士のトレーニングを任され、スイス人の体操指導者P・H・クリアスがイギリス陸海軍を訓練した。つまり、古代ギリシャの美の再発見と軍隊式体操によって、シックスパックへの情熱の種がまかれたのである。
シックスパックを商品化した「ボディービルの父」
19世紀には作家たちが無駄な脂肪のない引き締まった体を理想の男性像として描き、20世紀初頭になると、その憧れが市場と結び付く。その象徴的存在が「ボディービルの父」と呼ばれるユージン・サンドウだ。
彼は写真や通信販売といった当時の最新手法を取り入れ、「シックスパック熱」を商品化することに成功。書籍や運動器具、栄養補助食品、運動用コルセットなどを通じて、男性たちに体脂肪を落として腹筋を誇示する新たな身体観を広めた。
ちなみに、当時はシックスパックではなく、単に「腹筋(Abdominals)」と呼ばれていた。
現在の意味でのシックスパックという表現が定着したのは1980年代後半から90年代初頭にかけてだ。その後、「6ミニッツ・アブズ」のように短期間で腹筋を鍛えられるとうたうトレーニング教材などと共に、この言葉も大衆化した。
今や多くのブームは消え去ったが、シックスパックへの欲望だけは残り続けている。インスタグラムで「#sixpack」が付けられた投稿が1200万件を超えていることが何よりの証拠だ。
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Conor Heffernan, Lecturer in the Sociology of Sport, Ulster University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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