<繁体字、簡体字、ハングル、日本語が並ぶ山手線の表示から見えてくる「東アジアの漢字問題」>
字体と発音から見る、現代の漢字文化圏について…。論壇誌『アステイオン』104号の特集「漢字・漢語・漢文──文明から考える」より「魯迅はロジンかルーシュンか──二十一世紀東アジアの漢字問題」を一部抜粋
はじめに──駅のポスターから
漢字の問題というと、どうせまた昔の古い話だろうと思う読者が多いだろうから、ここでは現在我々が直面している東アジア漢字文化圏の問題を紹介したい。
漢字文化圏とは、漢字の本家である中国、その影響下で古くから漢字を使っていたベトナム、朝鮮半島、日本を指す。ただしベトナムと北朝鮮はすでに漢字を廃止している。
まず写真1を見ていただきたい。これは数年前まで東京JR山手線のある駅に貼ってあったものである。一番上は日本語で「やめましょう、歩きスマホ」、次は英語で「STOP: Texting While Walking」。
写真1 JR山手線のある駅に貼ってあった「歩きスマホ」への注意(筆者撮影)
下段の左側には漢字の繁体字(正字体)で、「專〔専〕心走好路,別當〔当〕低頭族」とある。〔 〕内は筆者が日本の常用字に改めたもの。「注意してちゃんと歩き、下向き族になるな」という意味で、繁体字を使用する台湾、香港の観光客のためのものであろう。
次は中国大陸で使われている簡体字で、「不要在走路时〔時〕,使用手机〔機〕」(歩く時にスマホを使用するな)、これはむろん大陸からの観光客用である。
最後は韓国語で「걸어가면서 스마트폰 사용하면 위험」(歩きながらスマートフォン使用すれば危険)で、「스마트폰(スマトゥポン)」はスマートフォンの韓国での言い方、「사용(サヨン)」、「위험(ウイホム)」は、それぞれ「使用」「危険」の韓国語漢字音(朝鮮漢字音)である。韓国は今では漢字をほとんど使わないので、漢字語もハングルで表記する。
これがインバウンド、中でも特に多い中国人、韓国人のためのサービスであることは言うまでもない。今では町のあちこちで同様の表示を見ることができる。
筆者の知るかぎり、これと同じサービスをやっているのは台湾と韓国で、台湾は日本語と韓国語(ハングル)、韓国は日本語と中国語である。ただし中国語は簡体字が主で、まれに繁体字もあるが、それは韓国の漢字が繁体字だからで、台湾、香港の観光客のためでは必ずしもない。したがって繁体字と簡体字を併記することはない。併記しているのは日本だけである。
駅のポスターは字体だけでなく文章も変えているが、中には同じ文章、標語で、字体だけ書き分けたものも多い。これはなぜであろうか。