歴史が示すメガスポーツイベントとテロの現実
過去の事例を振り返ると、ワールドカップやオリンピックといった祭典は、度々凄惨なテロ事件の舞台、あるいはその動機として利用されてきた。
2010年7月11日、南アフリカW杯の決勝戦(オランダ対スペイン)が開催されていたその最中、ウガンダの首都カンパラにある飲食店やラグビー場などのパブリックビューイング会場で、同時多発的な自爆テロが発生した。
この事件により、試合を観戦していた市民ら70人以上が死亡、多数が負傷した。
犯行声明を出したのはソマリアを拠点とするイスラム過激派「アル・シャバブ」であり、ウガンダがアフリカ連合(AU)の平和維持部隊としてソマリアに軍を派遣していることへの報復として、世界中がW杯に熱狂している瞬間の隙を狙ったものであった。
五輪の舞台も例外ではない。1996年の米国・アトランタ五輪では、大会期間中に主要イベント会場であったセンテニアル・オリンピック公園でパイプ爆弾が爆発し、2人が死亡、100人以上が負傷する惨劇となった。これは国内の極右過激主義思想を持つ単独犯によるものであった。
さらに、2014年のロシア・ソチ冬季五輪の直前には、ソチ周辺および同国南部のボルゴグラードなどで、イスラム過激派グループによる公共交通機関を狙った自爆テロが相次いだ。大会そのものの直接的な妨害や、治安当局への揺さぶりを狙ったテロは、開催地だけでなく周辺都市をも巻き込む危険性を示している。