<日本の市場で購買力が低迷している今、日本の消費者に商品を供給するには価格を抑えなければならない>
例えば、ホリエモンこと堀江貴文氏は、ここのところ、いわゆる転売ヤーに対する許容論を主張し始めています。具体的には、
「まあ私は急いでSwitch2は欲しくはない人間ですが、どうしても欲しい時に転売ヤーからでも多少高くても買いたいと思っている派です。なので、転売ヤー批判とかまじでやめて欲しいんですよね。感情論で邪魔すんなって感じです。ちなみにゲーム機本体の転売は合法です」
「そもそも転売の何がそんなに悪いの? 否定派とは正直まったく分かり合えない。需要と供給のズレを埋めているだけで、普通に立派な経済活動でしょ」
といった発言をしています。この他にも、転売ヤーが大いに稼いだ上で納税してくれれば、それで良いではないかという発言もあります。
転売批判は「美学」の問題?
一見すると自由経済、競争原理といった観点からの発言であって、理屈としてはスキがないようにも見えます。一方で、これに対する批判としては、アーティストのGACKT氏が
「結局、美しくないやり方をしてでも稼ぎたいのかどうか」「美学を持って仕事をする人もいれば、利益だけを追求する人間もいる。それ故、意見は分かれる」
と発言していますが、こうなると転売批判というのは、感情論であったり、美学の問題という話になってしまいそうです。それ以外の点では、堀江氏の主張するような自由経済に任せるのが正しいように思えてしまいます。
ですが、実は違うのではないか、そのような議論も成立するのです。日本の場合は、主として3つの難しい条件があり、何もかもを市場の自由な価格形成に任せることができなくなっているからです。
1つ目は、人口縮小が加速している市場だということです。良い例がお菓子の「カール」です。長年にわたるヒット商品でありながら、メーカーは東日本への供給を停止しています。これは、将来の人口減を見通すのであれば、「成熟商品」の生産設備を少しずつ縮小していかなくてはならないからです。全国的に広く薄くということですと、消費者から不満が出てしまうので、とりあえずは供給する地域を絞るということになったのです。