新たに大規模な気候変動シナリオが発表されるたび、大きな関心が集まる。温室効果ガスの排出削減にどれだけ迅速に取り組むかによって、将来の気候がどう変わるのかを示すものだからだ。

先週は、IPCCの将来予測でも利用される国際気候モデル計画「CMIP7」の新たなシナリオ群が公表された。だが、先週発表された7つの新シナリオで意外だったのは、米国のドナルド・トランプ大統領が関心を示したことだった。

なぜか。それは、気候変動予測で最悪ケースとされてきた高排出シナリオ「SSP5-8.5」が、新たな枠組みから外れたからだ。

これは最悪シナリオで、各国が排出削減の努力を行わず、化石燃料の利用を拡大し続ける想定だ。2100年までに二酸化炭素濃度は1135ppmまでほぼ3倍に増加し世界の平均気温は産業革命前と比べて約4.5度上昇すると想定されていた。

気候科学者たちがSSP5-8.5を削除したのには、十分な理由がある。温室効果ガス排出削減の取り組みは遅く、不十分な部分も多いが、気候変動対策は確実な成果を上げてきた。

再生可能エネルギーのコスト低下や気候政策の進展、最近の排出動向を踏まえると、SSP5-8.5はもはや現実的な想定ではなくなった。私たちは、かつて起こり得ると考えられていた最悪の気候の未来を回避した。

もちろん、課題はまだ山積している。排出量は過去最高水準にあり、地球温暖化の進行速度も増している。

最悪シナリオの削除は、トランプや他の気候変動懐疑論者が主張するような、モデル予測の失敗や気候変動がでっち上げだったことを示すものではない。太陽光発電や風力発電、電気自動車、蓄電池の普及によって排出量の増加が抑えられたことを示している。

従来の最悪シナリオ「SSP5-8.5」では、2100年までに世界の気温は約4.5度上昇すると予測されていた。IPCC

シナリオはどのように作られるのか

現在の世界は、産業革命前と比べておよそ1.4度の温暖化を経験している。この水準でも、気候変動の影響はすでに顕在化している。

この極めて急速な気候変動は人間活動によって引き起こされているため、私たちには未来を変える機会も残されている。

世界はさらに温暖化し続けるのか、それとも迅速な対策によって排出量を削減し、温暖化を止められるのか。その答えは、人類が直面する未来を大きく左右する。

未来を予測するのは難しい。だが科学者たちは、さまざまな気候の未来を表すシナリオ群を作成してきた。

未来は決まっていないため、科学者たちは温室効果ガス排出量の将来的な推移について複数の経路を提示する。これまでの実績や、今後数十年間に起こり得る政治・技術の変化を基にしている。

その上で、最も実現可能性が高いと考えられる排出源を選び、化石燃料利用について楽観的なケースから悲観的なケースまで幅広い未来を設定する。

その後、世界各地の研究グループが異なる気候モデルを用いて詳細な解析を行い、世界規模から地域・地方レベルまで利用可能な膨大なデータを作成する。

これらのシナリオには、どれが最も起こりやすいかという順位付けはされていない。すべてが実現可能な未来として扱われている。

2100年の気温上昇予測では、最も楽観的なシナリオと最も悲観的なシナリオの間に約2℃の気温差がある。この差は、未来が私たちの選択次第でいかに大きく変わり得るかを示している。

4.5℃シナリオが注目される理由

過去2回のシナリオ策定では、「SSP5-8.5」とその先行モデルで密接に関連した「RCP8.5」というシナリオが採用されていた。

ここでいう「8.5」は放射強制力を意味する。2100年までに地表1平方メートルあたりに閉じ込められる余分な熱エネルギー(ワット数)を示す指標だ。

これらの最悪シナリオでは、世界は化石燃料の利用を大幅に増やし、極めて大きな温暖化を引き起こす。科学者たちは以前から、この想定が果たして現実的なのかをめぐって議論してきた。

今回の新シナリオには、RCP8.5やSSP5-8.5ほど悲観的なものは含まれていない。現在の最悪シナリオでは、高排出が続いた場合でも2100年の気温上昇は約3.5℃と見込まれている。それでも極めて深刻な事態であることに変わりはないが。

不誠実な懐疑論者たち

気候変動懐疑論者たちは、最悪シナリオの削除を予測が誤っていた証拠だと主張した。しかし、こうした批判は誠実な問題提起ではなく、気候科学への疑念を広げるためのものだ。

気候変動懐疑論者であり石油業界を支持するトランプ大統領は先週、気候予測に関する誤情報をSNSに投稿した Carbon Brief

冷静に評価すれば、最悪シナリオが削除されたのは気候対策が効果を上げ始めているからだと分かる。

ただし、人類は最悪の結果を回避した一方で、最良の未来への機会を失った。

今回の新シナリオには、前回の主要予測で最も排出量が少なかった「SSP1-1.9」ほど楽観的な予測は存在しない。このシナリオでは、強力な気候対策と大幅な排出削減によって、地球温暖化は約1.5度でピークを迎えると想定されていた。

しかし、世界の排出量はまだ減少に転じていない。そのため、新シナリオで最も楽観的な予測でも、温暖化のピークは約1.9℃になる見通しだ。

今や1.5℃を超えることは避けられないとみられている。それでも、二酸化炭素を大気中から除去する取り組みを進めることで、一時的な超過にとどめ、最終的に1.5度へ戻すことが期待される。

現在の排出量の推移は、その中間付近にある。高排出シナリオよりは低いが、最も楽観的なシナリオよりはかなり高い。現在の政策と各国の取り組みを基にすると、2100年までに約2.6℃の温暖化が見込まれている。

なぜ気候シナリオをここまで繰り返し更新する必要があるのかと疑問に思うかもしれない。

理由の一つは、現実が変化しているからだ。太陽光発電の普及は予想を大きく上回る速度で進んでいる一方、水圧破砕法(フラッキング)によって新たな化石燃料資源も大量に利用可能になった。気候変動に懐疑的な政治情勢も、気候対策の実現可能性を左右する。

もう一つの理由は、気候モデル自体が絶えず改良されていることだ。モデルの精度が向上するほど、海面上昇やその他の気候影響に関する予測も、より正確で詳細になる。

将来の気候がどうなるかは、排出削減にどれだけ迅速に取り組むかにかかっている。

RCP8.5がシナリオから外れたことは前進の証しだ。私たちは最悪のケースを回避した。

しかし同時に、最良の未来も逃してしまった。

今後5年間の展開次第で、将来の気候はより良くも悪くもなり得る。私たちは直面する現実を理解し、それに備えるとともに、可能な限り良い未来を実現するための努力をさらに強化しなければならない。

The Conversation

Andrew King, ARC Future Fellow and Associate Professor in Climate Science, ARC Centre of Excellence for 21st Century Weather, The University of Melbourne

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

【関連記事】
ニューズウィーク日本版 サッカーW杯 日本が優勝する日
2026年6月9日号(6月2日発売)は「日本が優勝する日」特集。

Jリーグ発足後、飛躍的に進化した日本サッカー。W杯の頂点に挑み世界を驚かせる時が来た

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら
※画像をクリックするとアマゾンに飛びます