「自分らしい言葉」が見つからないあなたへ

一見、「うまい文章」を書くための実用書に見える本書。しかしその実は、「技術」という武器を手にしたのちに、書き手の「思想」、すなわち「どう生きるか」へと着地する人生の書である。

本書のタイトルにもなっている「三行で撃つ」とは、文章の書き出しで読者の心を掴み、最後まで読ませるという執筆の基本姿勢を指す。曰く、〈一発外すと、次はない。 鹿や猪、鴨を追っている猟師は、それが体で分かっています〉。鴨撃ちの猟師でもある著者は、散弾銃の弾丸1セットになぞらえた「25発」の技術を本書で次々に放つ。

いつも心にさざ波が立っていて、落ち着きがなく、ものなんか考えたくもない。そういう人に向かって文章を書いている。書き手は、そこを忘れてはいけない。謙虚でなければならない。わたしたちは、読書エリートに向けて文章を書いているのではない。

 であるならば、三行以内で撃ってくれ。驚かせ、のけぞらせてくれ。いい、悪いではない。いま、文章を書く人の書き出しは、そうあらざるを得ないんです。

ーー第1発 三行で撃つ:書き出しを外すと、次はない。

自分を見つめ抜く:他者の言葉をなぞらなくていい

たとえば本書では、新聞記事などにありがちな、工夫のない「体言止め」による書き出しを、いかにもサービス不足の「禁じ手」として厳しく退ける。あるいは、感情を「悲しい」「嬉しい」と安易な感情語で表現することを嫌い、エピソードで語れと説く。

われわれは、感情を文章で説明してはならない。(笑)なんて文中に使うライターは、下の下です。筆者の感情をト書きで読者に伝えようなんて、怠慢かつ傲慢です。読んでいて、読者が自然に怒ったり、泣いたり、笑ったりするのでなければ、文章なんて書く意味はない。うるさいだけです。
 

――第7発 共感させる技術:響く文章は、説明しない。

ここで著者が書き手に求めている叙述は「エモさ」の演出のことではない。むしろその逆だ。徹底的に「ナラティブ(体験を語る)」すること。文章を読んだ人の脳内に、その場面の映像や感情を自発的に立ち上がらせるという、高度な職人技である。

「25の技術」を通し、本書が一貫して伝えようとするのは、オリジナルの描写の目指し方だ。どれだけ巧みな文章であっても、言葉が他者の思考を借りたものであるかぎり、それは実を伴わないレトリックだ。書き手が問われているのは、五感を研ぎ澄ませて言葉の限界まで事象を観察する胆力であり、そこから湧き起こる感情を突き詰めていく思考力である。その証拠に本書は、後半になるに従い、言葉や文章を書くことの本質に容赦なく踏み込んでいく。

書くことで乗り越える
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