<6月下旬に160名を超える犠牲者を出す船舶事故が起きたばかりのインドネシアで、今度はフェリー事故が発生。なぜ悲劇は繰り返されるのか?>
インドネシアのスラウェシ島南スラウェシ州ブルクンバから離島のスラヤル島に向かっていた連絡船「レスタリ・マジュ号」が7月3日午後2時半ごろ(日本時間同日午後4時半ごろ)、目的地近くのパバディラン海岸沖約300メートルの海上で船内に浸水する事故があった。
地元警察や国家救命隊などの懸命の捜索の結果、4日午後までに155人が救出され、34人が遺体で収容された。
同連絡船には乗客名簿があったが、警察などによると名簿には164人の名前が記載されており、救出者と死者の合計189人より少ないという事態となっており、確認作業に追われている。
インドネシアでは6月18日にスマトラ島北部の観光地トバ湖で木造客船が沈没し、今もなお164人の乗客が行方不明のままとなっている。事故後、政府は全ての客船に対し、乗客名簿の作成、救命胴衣や救命ボートなどの完備、乗船定員の厳守などを船舶運航者、船長などに求めていた。
トバ湖の事故では湖内の島で働く周辺地区の住民が生活の足として木造船を利用していたこともあり、乗客名簿は作られていなかった。強風と高波という気象条件はあったものの、乗船定員60人のところに180人以上が乗船していたとみられるなど、杜撰な運航体制が惨事をさらに大きくしたとされている。
乗客名簿が混乱に拍車をかける?
南スラウェシ州での3日の事故は、浸水が始まり乗客らが船内で救命胴衣や浮輪を身に着けて右往左往する様子や、傾きつつある船体にしがみ付き、積まれた車両が海水に洗われる状況などが乗り合わせた客のスマートホンで撮影され、ソーシャルメディアの動画サイトなどにアップされている。
傾く船体から海中に飛び込み、救命胴衣姿で約300メートル先の陸地を目指して泳ぐ乗客の姿もあった。船体は完全に沈没はしていない状態で傾き、波にさらされている状況で、岸から救命胴衣や救命ボートで脱出してくる乗客を映した動画もアップされている。
トバ湖での教訓が生かされたのか乗客名簿が今回の連絡船は作成していた。だが、名簿記載の乗客数と「生存者+犠牲者の合計数」が一致しない事態となっていることが地元誌「テンポ」電子版の報道で明らかになった。
名簿の乗客数が「生存者+犠牲者の数」より多い場合は、それが行方不明者であり、さらに捜索が必要となるが、今回は逆のケースで名簿の乗客数が164人で「生存者と犠牲者」は189人に上っているのだ。
さらに名簿記載の164人のうちこれまでに救出され病院で治療手当を受けている144人は名簿上でも確認された。しかし残る20人の名簿の乗客は犠牲者の中でも確認できていない。つまり名簿に記載のある20人は名前はあるものの存在しない乗客ということになる。
その原因は簡単に言えば、名簿がいい加減で、正確な乗船客の数、氏名が反映されていないことになり、警察などは犠牲者、生存者の身元確認に頭を抱える状況に陥っているというのだ。
事故当日トバ湖では捜索終了
おりしも南スラウェシ州で連絡船事故があった7月3日は、スマトラ島トバ湖の船舶遭難事故の行方不明者の捜索打ち切りのその日でもあった。
当局によれば湖内の水深約450メートルに船体と犠牲者8〜10人が残されていることは確認できたというが、残る約150人は依然行方不明のままだ。当初、事故発生後10日間だった捜索期間は、船体が湖底で発見されたことで延長されたものの、その後新たに3遺体が発見されただけで3日で最終的に捜索打ち切りとなった。地元自治体は早くも現場近くの陸地に「慰霊碑」を建立することを検討しているという。
3日は現場を臨む桟橋付近で宗教者による慰霊式が行われ、行方不明者の家族や友人が湖面に花を投げ入れ、悲しみを新たにする姿がテレビのニュースで全国中継された。
島国のインドネシアだけに、一般人の移動手段として重要な船舶の安全航行確保には再度、官民共同で真剣に取り組む必要があるだろう。

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