[東京 1日 ロイター] - 大手企業の賃上げの動きが地方や中小企業などに広がりをみせているが、経営者からは企業防衛のためにやむを得ないとの声も上がっている。社員のモチベーション維持や人材確保のために今回賃上げした企業も、付加価値生産性の向上や価格転嫁ができなければ、来年以降の賃上げ原資を確保できなくなる。日銀が大規模緩和政策の出口のタイミングを判断する上で重要な賃上げだが、継続のハードルは高い。

<我慢の賃上げ>

今は我慢してでも上げるべきタイミングだ──。愛知県の中小自動車部品メーカーの社長は覚悟を決めている。半導体不足で調整を余儀なくされた自動車生産が回復基調にある中、空気感として「今年もう一年頑張ってください、来年その分上げますから、ということが通じなくなっている」と話す。

「みんな給料がどうだったか家族や友達と話すでしょう。うちの会社は渋かったという話になるのか、世間並だと思ってもらえるのか、というのは就職活動が始まる中でも効いてくる。どうせやるなら社員にも分かってもらえる金額を出して会社の競争力の追い風にしないと」。

トヨタ自動車が春闘で賃上げ要求に異例の早さで満額回答したのも「サプライチェーンに賃上げが波及してほしいという思いがあってのこと」と同社長。今年の平均昇給率は3.85%にしたという。

<値上げで原資確保>

給料は多いに越したことはないが、安定して長く払われることも大事──。「アンリ・シャルパンティエ」などの洋菓子ブランドを展開するシュゼット・ホールディングス(兵庫県西宮市)は、賞与をベースに従業員の賃金を調整している。12月と6月の定期賞与に加え、年度末の9月に利益の目標額に対する上振れ分の一部を決算賞与として還元する仕組みだ。

新型コロナウイルスが猛威をふるった20年9月期は年間3.1カ月に抑えたものの、21年は7.1カ月に引き上げ、22年は6.4カ月とコロナ前の5.5カ月を上回る水準を維持した。23年は昨年並み以上の水準を目指すとしている。

コロナ禍に行った販路拡大や多様化が奏功して今期は過去最高の売り上げとなる見通しだが、原材料高が収益を圧迫しており、主力商品の焼き菓子の価格を今秋に引き上げ、来年以降の給与の引き上げ原資などを確保する考えだ。蟻田剛毅社長は「利益が確定した時点で社員にどの程度還元するか計算する方が継続性につながる」と話す。

<実態に合わせて失う人材>

日本商工会議所と東京商工会議所が実施した中小企業の賃金・雇用に関する調査によると、2023年度に「賃上げを実施予定」と回答した中小企業は58.2%と、前年の同時期に比べて12.4ポイント増加。賃上げの動きが大手企業だけでなく、地方や中小に広がりをみせる結果となっている。

もっとも、業績の改善はみられないが賃上げする「防衛的な賃上げ」になるという企業は62.2%にのぼり、政府の中小企業政策を実施する中小機構は「厳しい経営状況の中、人材を確保するため賃上げに踏み切る企業が増えていることが浮き彫りとなった」と分析する。

今年の春闘に対する期待は「全然なかった」というのは、消防車を製造する日本機械工業(東京都八王子市)の労働組合委員長、山口弘宣さん。今年の賃上げは、1万0500円の要求に対し6905円、一時金は要求2カ月のところ1カ月だった。

昨年は大幅な赤字の中で行われた春闘で一時金は1カ月を割り込み、10人ほど会社を去っていったという。全般的な人手不足もあって10人分を早々に補充できないといい、「あまりに企業の状況に合わせすぎると、逆に企業は労働力を失ってしまう」と山口さんは話す。

<増えるゾンビ企業、原資に限りも>

中小企業を苦境に立たせているのは人手不足だけではない。帝国データバンクのリポートによると、稼いだ利益で借入金の利子を支払えない「ゾンビ企業」は、2021年度に全国で18万8000社と推計され、20年度から増加傾向が続いているという。

18万8000社のうち、経常赤字など「収益力改善」を課題とする企業は全体の6割。「過剰債務解消」や「資本力の改善」が課題の企業もそれぞれ4割前後を占めた。

労働市場に詳しい、法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科の山田久教授は「商品やサービスに特徴があって一定程度の業績があるところはいいが、価格競争に巻き込まれてしまって財務の状態が悪いところは結構ある。中小企業の中でも価格転嫁力などで差がついてきている」と指摘する。

日銀内では、中堅・中小企業に賃上げの動きが広がっていることを確認しつつも、楽観ムードは出ていない。賃上げは損益分岐点を引き上げ、もう一段の賃上げにはさらなる業績改善が必要になるからだ。地方経済に詳しい日銀幹部の一人はこう話す。「賃上げの原資があるから上げますよ、というのは経営者としてやりやすい。でも、今後の賃上げは大変な勝負になる」。

(杉山健太郎、梶本哲史 編集:石田仁志)

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