ショーン・ベイカー監督
声なき声を丁寧に描くことで定評があるベイカー DIA DIPASUPILーWIREIMAGE/GETTY IMAGES

この映画に登場するセックスワーカーは強い。ストリップは高度な技術と規律、そして忍耐力が必要な仕事だ(ラスベガスの高級クラブで踊っていた私は、それを体で知っている)。

もちろんアニーも立派なプロ。冒頭のシーンで、あるクライアントのために踊る彼女の顔に浮かぶ笑顔を見ればそれが分かる。

監督には、このシーンを男目線で撮る選択肢もあっただろう。アニーのうねる肢体を、なめるように撮るとか。でもベイカーはそうしなかった。代わりに彼女の顔にカメラを向け、その得意げで不敵な微笑を映し出した。

これだけで監督の意図が分かる。そう、この映画は性的な搾取でものぞき見趣味でもない。体を張って働く女たちへの熱いラブレターだ(実際、アニーは夫のイヴァンを捜しに来たアルメニア人の男2人を相手に文字どおり体を張って闘う)。

セックスワーカーを題材にした映画は、たいてい私たちを「弱い存在」として描く。誰かにだまされたとか、罪深い女だとか。

でもベイカー監督の描くアニーは誰の被害者でもない。

しっかり者のサバイバーだ。怪しげなスピリチュアリズムに感化されて自己実現を目指すわけでもなく、ひたすら自分の欲しいもの(お金かもしれないし、自由かもしれない)を手に入れようとする女性で、誰も(ヤクザな男2人がかりでも)彼女を止められない。

そんな難しい役どころを、アニー役のマイキー・マディソン(Mikey Madison)は見事にこなした。

「結局は男性視点」か
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