<カンヌ映画祭で最高賞を受賞。「セックスワークを正確に描いた」と称賛されているが、元ストリッパーの私から見れば、他の「がっかり娼婦映画」と変わらない部分も──(レビュー)>

私は元ストリッパー。しばらく前にロサンゼルスのビバリーヒルズで、昨年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールに輝いたショーン・ベイカー監督作『アノーラ(Anora)』の試写を見た。

ヒロインのアノーラ(通称「アニー」)は私の同業者だが、試写室を埋めた評論家やジャーナリストに同業者はいそうもない。ぞっとした。

『ANORA アノーラ』予告編

この作品、世間では「セックスワークを正確に描いた」と絶賛されているが、本当にそうだろうか。セックスワーカーを主役にした映画をセックスワーカーが見てがっかりするのは、残念ながら今に始まった話ではない。

この手の映画の結末は大抵決まっている。ヒロインが晴れてセックス産業から抜け出すハッピーエンドか、そのまま商売を続けて悲惨な運命をたどるかだ。

その過程での彼女は暴力や貧困、偏見の被害者とされ、力強く自立した女として描かれることはまずない。もちろん例外はあるが、私の職業を「正確に」描いた映画は数えるほどしかない。

セックスワーカーを描いたアメリカ映画で最も有名なのは、ジュリア・ロバーツ(Julia Roberts)の出世作『プリティ・ウーマン(Pretty Woman)』だろう。

Pretty Woman (1990) Trailer #1 | Movieclips Classic Trailers

ロバーツが演じた世間知らずのビビアンは望まずして売春婦となったが、運よく上客と巡り合ってハッピーエンドを迎えた。でも今度のアニーは大人だ。決して受け身ではなく、自分で自分の道を切り開いていくプロだ。

彼女は自分の純真さではなく、その適性とスキルで獲物を捕まえる。絶望なんてしないし、人身売買の犠牲者でも、いわゆる「心優しき娼婦」でもない。

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監督は「汚名をそそぐ」と言ってくれた
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