引用が少し長くなってしまったが、まさにそのとおりだと私も思う。著者がここで明かしている事実――眞須美死刑囚の網元の娘としての出自――は、常識を逸脱した金銭感覚や、マスコミでしばしば取り上げられた気性の荒さを裏づけるからだ。

だいいち先述のとおり、眞須美死刑囚を犯人であると断言するための決定的な証拠はどこにも存在していない。報道では派手さを筆頭とする特異性ばかりが過度にクローズアップされたが、それは犯人であることの証拠にはならない。つまり、眞須美死刑囚は、疑惑を積み重ねられた末に事件の犯人へと祭り上げられたということである。

そしてその現実は、夫である健治さん、そして誹謗中傷を受けながらも母親の無罪を訴え続ける長男を筆頭とする子どもたちの人生をも破壊した。だからこそ、この事件に関する本書の項目を締めくくる、以下の記述もつらく感じるのだ。


 死刑確定後、面会に行った健治さんによれば、眞須美死刑囚は、大粒の涙を流して悔しさを露にしたと言う。
「すぐ帰ってくるから」
 逮捕の日の朝、そう言って今は公園となっている豪邸を出た眞須美死刑囚。豪快な海原とは正反対の薄暗い独房の中で囚われの身となり、今も冤罪を訴え続けている。(139ページより)

さて、ここでは一例として和歌山カレー事件を取り上げたが、本書はこのようにさまざまな事件の輪郭を見事に浮き立たせている。そのため読者は、各事件について「そこで、何があったのか」をしっかりと把握できることだろう。

殺め家

殺め家
 八木澤高明 著
 高木瑞穂 編
 鉄人社

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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。他に、ライフハッカー[日本版]、東洋経済オンライン、サライ.jpなどで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)、『書評の仕事』(ワニブックス)など著作多数。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。

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