<還暦を迎えた大江氏は、100歳までの人生をどう生きていくのか。日本に拠点を移す予定は?ポップスへの回帰はある? ほっこり優しい大江流・人生コラム>

今の時代、「人生100年」だそうだ。昔は50年だった。今年9月に還暦を迎え、こうして元気に生きていることを思うとあり得なくもないのかもしれない。

なんせこの年齢の感覚といったら20歳を過ぎてもそれほど変わらないなあ、という感じが何十年も続いているのだから、人生とはそんなふうにこの先も過ぎていくのかもしれないとふと思う。

今朝、僕のポップス時代2枚目のアルバム『プレジャー』(1984年)の撮影をしたときの仲間の訃報を知った。僕より5歳ほど兄貴だったな。根っからの少年でプラモデルや文具集めが好きで、撮影でも彼が集めてくれた小物をいっぱい使った。

その後は会うこともなかったのだが、10年前にフェイスブックに「元気?」と友達申請をくれたのだった。いつも元気で大声で笑う人だった。

前回のコラムで、60歳になった自分から過去の自分への言葉を書いた。今回は、この先の人生を生きる僕にメッセージを送ろうと思う。

まずは10年後、70歳になった君へ。まだ20歳の頃の感覚が依然と途切れないらしい。ジャズは今よりうまくなっているし、ポップスも旺盛に作っている。ジャズを知れば知るほど曲のバリエーションが増え、君は愛される音楽をやる喜びに満ちている。

相変わらずブルックリンにいるが、何より君が好きだったワインをやめたのには驚いた。長生きすると心に決めたからだ。一番好きだったポップスのシンガーソングライターを辞めたのが50になる少し前だった。大好きなものを眺めながら、少し先へ進む人生を送っているんだね。

80歳の君はニューヨーク郊外に家を持ち、ブルックリンと行ったり来たりの日々だ。通勤の車窓を眺め風景のデッサンをしたり文章を書いたり、60代で覚えた付け焼き刃の映像も作ったりしている。ぼちぼち旅もしているが、世界は20年前にコロナで様変わりしたからお客さんの前で演奏する機会はめったになくなった。

陽の光を浴びて星を数え、お茶を入れて本を読む。60歳頃までは「毎回が最後の晩餐」なんて吹聴していた君が粗食になり、裏庭で育てた野菜で料理を作る。

絵を毎週1枚描き上げ、それがたまると小さな展覧会をニューヨークやローマでやる。会場を訪れた人々の前でピアノを弾くのが愉しみなのだ。ライブの場所を開拓しに世界へ出始めた頃にコロナ禍になったが、死ぬまでにもう一度各地でリユニオン!が君の口癖だ。

100歳の僕、変わるものと変わらないもの