<アメリカの人種差別問題が盛んに取り上げられるなか、独裁体制の隣国で横行する「ドメスティック・バイオレンス」に切り込む報道は見られない>

アメリカの人種差別問題をめぐって、日本など各国の報道が過熱している。アメリカには、かの国の成り立ちに伴う差別の問題が存在している事実を否定するつもりはない。だが、どう見ても日本メディアの捉え方は偏っている。というのは、隣の中国における黒人差別のことについては、ほぼ沈黙を通してきたからである。

中国にもアメリカに負けない黒人差別がある。1980年代に私が北京の大学で学んでいた頃、アフリカ諸国からやって来た留学生たちとのサッカーの交流試合に臨んだことがある。その時、中国人側は相手を公然と「黒鬼(ヘイグイ)」(黒いお化け)と呼んでいた。大学生だけでなく、一般の市民や知識人も変わらなかった。その後、2016年には「黒人を洗濯したら、アジア系の白い美男子になった」というコマーシャルが問題になった。

武漢で発生した新型コロナウイルス感染症が世界中で猖獗(しょうけつ)を極めた今春、中国南部・広東省ですさまじい勢いの黒人排斥運動が起きた。それまでに住んでいたアパートから追い出され、街頭にさまよっていたところを中国人に袋だたきにされる映像が多く拡散した。ナイジェリアなど数カ国の外交官が中国外務省に申し入れするほど、アフリカ諸国でも反響が大きかった。被害者の中にはアメリカ国籍の黒人もいた。

独裁国家で横行する「DV」

しかし、日本ではゴールデンタイムで中国の黒人排斥問題の深層を分析し、細かくルポする報道は見られなかった。正義に基づいて人種や差別の問題に取り組むのがメディアの役割であるならば、中国を放置してアメリカだけをクローズアップするのは不公平ではないか。「知ってはいたけれど、何しろ記者自身が実際に黒人排斥の現場に居合わせず、取材できなかった」との弁明も聞こえてきそうだ。新型コロナでの取材自粛はあっただろうが、これは中国において外国人記者の行動が厳しく制限されていることの証左でもある。

自由主義の国家では、小さな町の出来事が全世界の抗議デモの起爆剤になり得る。これに対し、独裁国家は扉が閉め切られた状態で、自国民だけでなくあらゆる人間を対象とした「ドメスティック・バイオレンス」が横行している。メディアはこの事実を注視しなければならない。制限が設けられていたならば、事件後に掘り出しに行けばいい。

今回の黒人排斥問題ではそれもなかった。だから、「やはり日本のメディアにはチャイナマネーが浸透している」「経営陣とトップ層が中国に忖度している」などと疑われるのだ。そして、当の中国は今やアメリカの人種差別批判の急先鋒となっている。

<参考記事>中国のアフリカ人差別でばれたコロナ支援外交の本音

いずれ「中国の婿」に