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文化財保護

食品だけじゃない? 元寇の沈没船遺物も保存できる糖質「トレハロース」の機能と可能性

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2024年3月26日(火)11時30分
写真:遠藤宏 文:一ノ瀬伸
元寇船の木製いかり

大型の含浸槽で保存処理が行われている元寇船の木製いかり(写真はクレーンで吊り上げた状態)。松浦市立埋蔵文化財センターでは伊藤幸司教授(左)の指導の下、職員の安木由美さん(同右)らが作業に当たる

<菓子類や加工食品に使われる多機能糖質トレハロース。文化財保護に活用されるようになった経緯とその成果とは? 貴重な歴史資料を未来につなぐ「新技術」に迫る>

伊万里湾に浮かぶ鷹島(長崎県松浦市)は、13世紀後半にモンゴル帝国から侵攻を受けた「蒙古襲来」の地。2度目の襲来である1281年の「弘安の役」で、モンゴル軍14万人を乗せた約4400隻の船が暴風雨に遭い鷹島沖に沈んだと伝わる。有名な「神風」伝説だ。

鷹島沖では1980年から調査が始まり、沈没船の一部や武器武具類、陶磁器など大量の遺物が見つかっている。2013年に発見、22年10月に引き揚げられた木製いかりもその一つ。海から引き揚げた遺物は、そのまま展示することはできず、腐朽や変形を防ぐために適切な保存処理を必要とする。島内の松浦市立埋蔵文化財センターでは保存処理を終えた一部の資料が展示されている。こうした文化財保護の分野で今、意外な素材が活躍している──。

「今までのどの素材よりも遥かに優秀です。トレハロースの使用で文化財の保存処理は飛躍的に変わりました」 そう話すのは、30年以上にわたり文化財保存の調査・研究を行ってきた東北芸術工科大学・文化財保存修復研究センターの伊藤幸司教授。元寇船の遺物保存プロジェクトの中心人物だ。

トレハロースはキノコや海藻などに含まれる自然界にも存在する糖の一種。団子やケーキといった菓子類、パンや弁当などの加工食品にも使われる多機能糖質だ。岡山県に本社を置くバイオ企業の林原が量産化に成功し、高価ゆえに化粧品や医薬品に限られていた使用範囲を食品用途へと急速に広げた。

そんなトレハロースが文化財保護にも重要な役割を果たしているという。伊藤さんによれば、木製品の保存は高分子化合物ポリエチレングリコール(PEG)の溶液をしみ込ませて補強する方法が世界的には主流。だが、木材の水分と薬剤を置き換える含浸処理に時間を要するうえ、処理中に遺物が変形したり、処理後に高温多湿の環境に置くとPEGがしみ出すため、保管環境の許容範囲が狭い。

伊藤幸司教授

東北芸術工科大学・文化財保存修復研究センターの伊藤幸司教授

一方で、トレハロースを使えば、そうした課題を解決できると分かってきた。埋蔵文化財センターは元寇船隔壁板の保存処理にトレハロース法を採用、伊藤さんの指導を受けて19年から保存処理を開始した。

また含浸処理に使用する電気エネルギーを抑えるために、太陽エネルギーを利用して加熱保温する装置も開発。このように様々な面で世界初の試みが取り入れられたプロジェクトで、PEGの5分の1ほどの期間である2年間で含浸処理を完了させた。また、23年からは木製いかりの保存処理もスタートし、25年秋頃の完了を目指している。

鉄の腐食を抑制する効果も

含浸処理後、遺物にしみ込んだトレハロースが結晶化・ガラス化することで形状が保たれる。固化したトレハロースはその特性を発揮する。その結晶は吸湿性が非常に低く安定しているため、長く展示活用ができるのだ。

現場では、同センターの安木由美さんが中心となり数人の職員で日々作業している。含浸処理の前には、泥などの汚れを落としたり、真水に漬けて遺物中の海水を抜いたり、含浸処理後には表面に固着しているトレハロースを除去する表面処理を行う。安木さんは「地道な作業ですね」と笑顔を見せつつ、歴史を未来につなぐ新技術に期待を寄せている。

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