2050年には8億人の都市住民が水上生活に?──海面上昇と異常気象で急務の洪水対策

CITY OF WATER

2022年8月5日(金)15時10分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

220802p18_SSG_02.jpg

12年に米東部を襲ったサンディの衛星写真 NASA/GETTY IMAGES

フィリピンのマニラでは、09年の洪水で市内の80%が水浸しになった。18年に長期の干ばつに見舞われた南アフリカのケープタウンは、深刻な水不足に陥った。インド東部では19年に200人前後が熱中症で死亡し、一部の都市で屋外での作業が一時的に禁止された。インドとパキスタンでは今年3〜5月に記録的な熱波が襲来し、停電と山火事が発生した。

これらは、ほんの前触れにすぎない。2050年には世界人口の3分の2以上が都市部に居住するようになると、専門家は予測している(現在は2分の1強)。

一説では、2050年までに8億人以上の都市住民が海面上昇や沿岸部の洪水によって日常的に生命の危機にさらされる恐れがある。

さらに米コンサルティング大手マッキンゼー傘下のマッキンゼー・サステナビリティと100近い世界の大都市の市長のネットワーク、C40(世界大都市気候先導グループ)が21年7月に発表した報告書によると、その倍の人数が慢性的な熱波に見舞われ、6億5000万人が水不足に直面する可能性がある。

都市部では、気候変動によって発生した難民の流入も予想される。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、10年以降に気候変動関連の災害で2100万人以上が避難生活を余儀なくされた。一部の予測によると、この人数は2050年までに12億人に増加する可能性がある。その頃には、バングラデシュの国土の17%が水没し、2000万人が家を失っているかもしれない。

つまり今後数十年の間に、世界の都市はこれまでの世代が想像もしなかったような困難に直面する公算が大きい。

このところ国際機関は警鐘を鳴らし、暑さ対策のための植樹、透水性舗装、洪水を防ぐレインガーデン(雨庭・雨水浸透緑地帯)など、さまざまな提案を行っている。だが、世界の市長の多くが新しい異常気象時代の到来に備えた対策を検討し始めたのは、つい最近のことだ。

「私たちは炭鉱のカナリアだ」

市民を守るために行動を起こし始めた都市は、政治的問題から実用化の問題までさまざまな課題に取り組んでいる。そのこと自体、気候変動への適応プロセスがいかに予測不可能で、嫌になるほど時間がかかる混乱したプロセスになる可能性が高いかを予言している。

ニューヨークは、この課題が最も端的な形で浮き彫りになっている都市の1つだ。12年のサンディで大きな被害が発生した後、ニューヨーク市当局はアメリカで最も包括的かつ先進的ともいわれる気候レジリエンス(回復力・強靭化)計画を立ち上げたが、21年9月のアイダ襲来によって、自然の猛威に対する備えがまだ十分でないことが露呈した。同市はまた、気候変動適応プログラムへの継続的な資金確保にも苦戦している。

「私たちは炭鉱のカナリアだ」と、ニューヨーク市住宅公社(NYCHA)のジョイ・シンダーブランド復興・レジリエンス担当副社長は言う。「市域には520マイル(約840キロ)の海岸線がある。今はまだ、重要な教訓を学んでいる最中だ」

ハーレド・フセインは現在62歳のエンジニアだ。7歳でクウェートに移住した後、イスラエル占領下のパレスチナ自治区ヨルダン川西岸へ、そこからさらにニューヨークへ移住した彼は、戦場がどんなものかを身をもって知っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化

ビジネス

デジタルユーロ、大規模な混乱に備え必要=チポローネ

ビジネス

スウェーデン、食品の付加価値税を半減へ 景気刺激へ

ワールド

アングル:中ロとの連帯示すインド、冷え込むトランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中