今回のイラン戦争が、アメリカ経済にダメージを与えているのは間違いない。ガソリンの店頭価格は、2月28日の開戦前より3割も高くなっており、物価上昇をさらに加速させ、経済成長を鈍化させると専門家は予測する。
調査会社イプソスが4月10〜12日に実施した調査によると、アメリカ人の6割がこの戦争に反対しており、半数以上が戦争によって自身の経済状態が悪化すると考えている。一方で、この戦争をやる価値があると答えた人は25%に満たなかった。それにもかかわらず、アメリカで抗議行動が広がらないのはなぜなのか。
考えられる理由はいくつかある。同じ調査で、今回のイラン戦争について「少し聞いたことがある」と答えた人は44%、「全く聞いたことがない」人も7%いた。つまり、アメリカ人の半数は国際情勢に関心が薄いか、この戦争が日常生活や経済状態に与えるインパクトが限定的と考えているということだ。ギャラップの3月の調査によれば、アメリカ人にとっては経済よりも健康や医療のほうが心配なようだ。
これにはアメリカが依然として有利な立場にあるという側面もある。アメリカは現在、世界最大の石油および天然ガスの生産国であり、株式市場もAI(人工知能)関連銘柄を中心に上昇に沸いている。ドル高が追い風となって輸入も好調だ。
だが、多くの国は違う。3月にグローバルサウス6カ国を対象とした調査によると、イラン戦争の認知度は100%で、生活費の上昇を「とても心配している」と答えた人が70%にも上った。
その大きな理由の1つは、アメリカとは異なり、燃料の輸入依存度の高さにある。世界の燃料需要の40%を消費するアジアは、とりわけ燃料価格高騰の影響を受けやすい。
さらに途上国は、燃料高対策の補助金を交付する財政的な余裕が乏しい。その上、国民の所得水準の低さから、燃料価格が高騰したときのダメージは大きい。
また、ドル高はアメリカの輸入業者にはプラスに働くが、自国通貨が対ドルで下落した国にとってはさらなる重荷となる。原油や天然ガスの国際取引は基本的にドル建てとなっているためだ。
アジアで広がる需要制限
途上国だけではない。今回の戦争は、通常なら世界経済の変調に強いはずのペルシャ湾岸の産油国にも、物理的な損害をもたらしている。これに対してイランとは地理的に遠く離れているアメリカは、直接的な被害をほとんど受けていない。だが、これはアメリカに特有の状況にすぎない。
例えば今回、アメリカとイランの和平交渉を仲介するパキスタンは、戦争の終結を大いに必要としている。なにしろは燃料の約8割をペルシャ湾岸諸国からの輸入に頼っており、戦争の混乱でガソリンや軽油の価格は過去最高水準に高騰した。
そこで省エネ対策のため、公務員は週4日勤務となった上に、その半数は在宅勤務を命じられている。学校も2週間の一時休校となり、閣僚は2カ月分の給与返上を求められている。さらに対外債務の返済に窮して、サウジアラビアから30億ドルの追加支援を受けることになった。
こうした状況は南アジア全体に広がっている。バングラデシュは燃料の95%を輸入に頼るが、緊急備蓄はわずか1カ月分のため、1回の給油量に制限が設けられた。首都ダッカでは大学が休校となり、商業施設は午後8時までの短縮営業の要請が出ている。
庶民の足として利用されるオートリキシャの燃料や、家庭の調理用にも使われる液化石油ガス(LPG)は、約50%近く上昇した。縫製工場で働く労働者の日給は4ドル程度のため、LPGの高騰は市民生活に大打撃を与えている。
スリランカも週4日勤務を導入。ネパールでは輸送コスト高騰のため、コメや野菜の価格が大幅に上昇している。「世界一幸福な国」ことブータンでも、ガソリンスタンドには長蛇の列ができている。
インドは世界第3位の石油輸入国だが、第6位の経済大国でもあり、近隣諸国と比べれば財政的な対策を講じる余裕はある。そのため、この春の州議会選挙では、各党がガソリンと軽油の減税を打ち出し、価格上昇の影響を一定程度抑えることに成功した。
それでも14億人の生活を守るのは容易ではない。インドはLPGの90%を中東から輸入しているため、今回の燃料不足で産業用・商業用LPGの供給を制限するとともに、商業施設には営業時間の短縮を命じている。
インドの主要株価指数は年初以来8%下落しており、経済成長率の見通しも約1ポイント低下している。また、肥料の約4分の1を中東から輸入しているため、食料危機が起こる現実的なリスクも浮上している。
アジア全体で、ホルムズ海峡を通過する原油と天然ガスの約8割を購入している。そのため他の地域も同様の状況に直面している。
フィリピンは3月24日に国家エネルギー非常事態を宣言した。タイは公務員に在宅勤務を推進し、国民に車の相乗りや節電を呼びかけている。アジア有数の高成長が続くベトナムも、ジェット燃料価格の急騰と供給不足を受けて航空会社に減便を指示している。
肥料価格の上昇は、作付けを控える地域にとって最悪のタイミングだ。記録的な熱波にも見舞われて、二重の危機に直面している地域もある。
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【note限定公開記事】トランプ戦争の破壊力...アジアで広がる「需要制限」の衝撃
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