最新記事

スイス

EU非加盟のスイスが「EU離脱」を発表...一体どういうことか?

SWITZERLAND’S BREXIT MOMENT

2021年6月22日(火)17時44分
ゲオルク・リーケレス(欧州政策研究センター副所長)
EUのフォンデアライエン欧州委員長とスイスのパルムラン大統領

スイスとEUの長年の交渉は決裂 FRANCOIS WALSCHAERTSーPOOLーREUTERS

<EUには加盟していない一方で、加盟国以上に単一市場から恩恵を受けるという「ただ乗り」状態がついに終わる?>

5月末、EUと長らく続けてきた「制度的枠組み条約(IFA)」の締結交渉から離脱するとスイス政府が発表したことで、スイスとEUの二者関係における深刻な危機が表面化した。

EU単一市場へのアクセス拡大の基礎とするためEUとの関係を成文化するとしたこの交渉の決裂は、EU側にしてみればまだ対処可能。スイスとの経済関係に傷は付くが、EUの大勢に影響はない。

だがスイスにとっては、もっと劇的な変化が待ち受ける。将来的にEU単一市場へのアクセスが困難になれば、ブレグジット(EU離脱)のイギリスと同じくらい根本的に、EUとの関係を考え直さざるを得なくなるかもしれない。

スイスはEU非加盟だが、多くの点で加盟国に近い立場にある。人の移動の自由を定めたシェンゲン協定に加盟し、輸送や研究開発などでEUにほぼ統合され、EU単一市場への完全なアクセスを謳歌している。

結局のところ、スイスはいかなるEU加盟国よりも多くの恩恵を単一市場から受け、その見返りはほとんど支払っていない。

スイスのただ乗りは経済だけにとどまらない。国民投票で欧州経済地域(EEA)への不参加を決定した1992年以来、スイスが取ってきた「二者交渉」の手法の問題点は、EUの度重なる法律変更をスイスが国内法に適用しなかったことだ。

IFAの交渉でもEUは大幅な譲歩

スイスの世論は長年、「外国の判事」はスイスの法律に口出しすべきでないと考えてきた。これは超国家的ルールを各国に均一に適用させようとするEUの方針とは衝突する。

IFAの交渉でもEUは、国家主権を主張するスイスにかなりの譲歩を許すことになった。それでも結局、スイス政府はIFAにサインすることはなかった。

交渉を困難にしたのは、国家援助(特定の企業や製品に対する援助)に関する意見の不一致だ。EUは、スイス国内でEUのルール適用を求めるものの、運用はスイス国内の監視機構に任せるとの妥協案を示した。だがブレグジットの交渉を見守るうちに、スイスの一部勢力は、イギリスのほうが「マシな」国家援助合意を勝ち取ったのではないかと考えた。

こうした「ブレグジット羨望」は完全に見当違いだ。イギリスは単一市場からの離脱が目的だが、スイスのIFAの目的は単一市場にとどまることだったのだから。

だがEU側のさらなる頭痛のタネは、移動の自由によってスイス国民の社会保障や賃金水準に悪影響が及ぶ可能性にスイスが猛反発したことだ。ここでもEUはスイス人労働者を優先するスイス国内法を認めるなどの譲歩を迫られた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=反発、FRB独立性に懸念もエヌビディ

ビジネス

26年の政策枠組み見直し後も2%物価目標を維持=カ

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、FRB理事解任巡り強弱感交

ワールド

ガザ病院攻撃、標的はハマスの監視カメラ イスラエル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密着させ...」 女性客が投稿した写真に批判殺到
  • 4
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 7
    「ありがとう」は、なぜ便利な日本語なのか?...「言…
  • 8
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    アメリカの農地に「中国のソーラーパネルは要らない…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中