コラム

菅政権の縦割り行政との戦い、「110番」はあくまで入り口

2020年09月17日(木)15時00分

就任後初の記者会見に臨んだ菅新首相 Carl Court-REUTERS

<菅新政権が掲げた「縦割り行政の打破」という課題は、改革の正当性を訴えて世論の同意を取り付ける幅広い議論が必要>

16日に就任した菅義偉新首相は、就任に伴う記者会見で、「縦割り110番」の検討を河野太郎行革担当相に指示したそうです。つまり、国民から「縦割り行政による弊害」が指摘されたら、その指摘を受ける形で改革を進めようということのようです。

この「縦割り行政」について菅首相は、官房長官時代の自身の功績として、ダムの事前放流の問題、インバウンド拡大のためのビザの発行緩和などを挙げていました。いずれも官庁の抵抗が強かったところ、強く調整して実施に漕ぎ着けたというようなストーリーでした。しかしこの中のふるさと納税については、公共サービスの受益者と納税者が部分的に一致しなくなるという根本的な理由から反対に遭ったのであれば、「縦割り行政」の改革例とは言えないと思います。

ダムやビザの問題について言えば、洪水対策やインバウンド推進に対して、「縦割り」組織が抵抗したというのは事実のようです。そうした流れから言えば、事件が起きたら「110番」するというような発想が出てくるのは分からないではありません。

ですが、果たして「縦割り行政110番」という発想で、行政の効率化というのは実現できるのかというと、それだけでは十分でないと思います。

例えばですが、仮に改革が実現したとしても、「悪人を退治する」というような演出を行うと、どうしても表層的な改革に終わってしまう心配があります。あれだけ「抵抗勢力を退治する」と大騒ぎして実施した郵政民営化にしても、悪玉とされた特定郵便局は廃止されたものの、現在でも元局長の団体が合理化に反対しているようですし、郵便、保険、銀行の3事業ともに、民営として安定的な収益性を確立したとは言えないのが現状です。

縦割り行政の基本にあるのは「法律と規則に従って職務を遂行する」という公務員の体質があるということです。そのこと自体は正しいのですが、アウトプットは必ずしも正しい結果にならない、そこに行政の難しさがあります。

ダム洪水対策の実績

例えば総理が成果だとアピールしている、ダムの事前放流の問題があります。菅首相の個人ブログによれば、洪水防止を目的とした多目的ダムは国土交通省所管のもので全国に570カ所ある一方で、経済産業省や農林水産省が所管する発電用や農業用の900カ所のダムはこれまで洪水対策に使われていなかったようです。

そこで官房長官時代に菅首相は、縦割り行政の弊害を排除して、こうしたダムの水量を洪水対策に活用できるよう見直しを行い「八ッ場(やんば)ダム50個分」の洪水対策の水量を、費用をかけずに全国に確保することが可能となったとしています。

説得力のある話ですが、と言っても経産省や農水省に悪意があったのではないと思います。発電用のダムは発電が目的なので一定水量を維持するとか、農業用のダムは渇水防止のためにむしろ多めの畜水が義務付けられているなどというのは、法律や規則で決められており、公務員はどうしてもそれに縛られてしまいます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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