コラム

中曽根政権の5年間で日本経済は失われた

2019年12月03日(火)17時10分

首相在任中の87年10月13日に、日本訪問中のフォード元大統領を首相官邸に迎えた中曽根氏 Shunsuke Akatsuka-REUTERS

<製造業中心の日本が産業構造を転換するべきタイミングだったのに、それに失敗した「失われた5年間」>

中曽根康弘氏の訃報に接して、同氏への評価、そして1982~87年にかけて続いた中曽根政権への評価が出てきています。多いのは、「自主防衛、改憲、核武装」を本音として望みながら実際には軽武装を貫きながら西側同盟にコミットしたという二重性を抱えた「親米保守」の典型というものです。

その一方で、この1980年代というのは、1980年の第二次石油危機を乗り越えた日本経済が急速に成長した時期で、同時にバブルの膨張から崩壊に至る激動の少し前だったことから、日本経済にとっては「良き時代」だとか、平成以降の小粒な政治家と比べると中曽根氏は「大物」だったというような「懐古趣味」の印象論も多いようです。

ですが、私はこの中曽根政権の5年間は、日本が「モノづくりから脱製造業、ポスト製造業へ」「ナショナルからグローバルへ」と産業構造を転換すべきタイミングでありながら、その転換に失敗した「失われた5年間」だったと見ています。

象徴的な事例を2つ挙げたいと思います。

1つは、1982年に起きたIBMスパイ事件です。当時の日本のコンピューター産業は、半導体の設計製造技術などハードウエアの面では、かなりの競争力を誇っていました。ただ、ソフトに関しては、アメリカに追いつくことができず、日立や東芝なども「IBM互換機」を戦略の中心に据えていました。ちなみに、これは個人用の後のパソコンではなく、法人用のメインフレームに関する話です。

つまり米IBMの作るOSが走るように、またIBMで走るプログラムが動くように設計しつつ、IBMよりも廉価で高性能なマシンを販売する、これが日本勢の戦略でした。そこで、米IBMは日本勢に互換機が作れないように、今で言うOS機能をファームウエアに取り込むようなことをして、互換機が作れないようにしたのです。

日本勢は、当然これに対抗して情報収集をしていたのですが、その活動がFBIによるタチの悪い「おとり捜査」に引っかかって被害に遭ったという事件です。この事件がどうして象徴的なのかというと、この後、日本勢はメインフレームに関する独自OSの開発に向かえば良かったのですが、アメリカに汚い手を使われても互換機にこだわったばかりか、ソフト軽視の風潮をつづけたのでした。

またこの時期は、個人のホビー用コンピューターとしてのパソコンの黎明期で、MSXとか、日電の6000、後に8000など成功していたマシンもあるのですが、結局は大戦略として「ソフトしかやらない」というビル・ゲイツ、「独自OSと独自マシンにこだわる」というスティーブ・ジョブズ、そして日本から順次CPUのノウハウを奪っていったインテルが覇権を拡大していくことになるのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

蘭ASML、第3四半期受注額は予想上回る 来年は中

ワールド

ロシア、トランプ氏の「経済崩壊寸前」発言に反論

ワールド

焦点:ネタニヤフ氏を合意に引き込んだトランプ氏、和

ビジネス

アングル:高値警戒くすぶるAI株、ディフェンシブグ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 5
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 6
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 7
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 8
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 10
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story