コラム

アメリカで高まる「待望論」、田中将大投手の「行き先」は?

2013年11月07日(木)14時12分

 東北楽天ゴールデンイーグルスの田中将大投手に関しては、来季からのアメリカMLBへの移籍が噂されています。移籍にあたっては、いくつかの問題があるのですが、その一方で、アメリカ国内では異常なまでの「待望論」で盛り上がっています。特に、ヤンキース、ドジャース、エンゼルスを中心とした「資金力」のある球団の地元では「タナカを絶対に取れ」とでも言わんばかりの加熱報道が続いています。

 移籍に当たっての問題というのは、現在は日本とアメリカの間で「ポスティング(入札制度)に関する協定」が失効しており、改定交渉の途中だということがあります。高額な入札をして交渉権を確保しながら契約に至らず、「結果的にはライバルの獲得を妨害しただけ」という結果になることを避けるとか、ポスティング・フィーの高騰を避けるなどの目的で、見直しがされているのです。

 この問題に関しては、私は以前からポスティングというのは一種の人身売買であり、日米間での対等なトレード制度が整備されるべきだと思ってきました。ですが、日本のプロスポーツをめぐる経済の停滞が早々には打開できない中、例えば田中投手クラスのスターを「交換トレード」したとして、人的補償で得たMLBの選手の年俸について、日本球界で負担できる見通しは不透明です。ですから、何らかのポスティング的な制度は、当面必要悪として認めるしかないようです。

 田中投手に関しては、日本シリーズの第6戦で160球を投げ、更に翌日の第7戦の締めくくりに連投して15球を投げたということが問題になっています。投手の肩やヒジというのは多くの投球をすると炎症を起こします。具体的には相当な数の細胞が死滅するわけで、その回復のサイクルを守るということは重要です。ただ、今回はシーズンの最終盤であって、長期の休養が可能な時期ですし、一回きりということですから大騒ぎをする必要はなさそうです。

 それはともかく、では田中投手の移籍先に関してはどんな可能性があるのでしょうか?

 まずヤンキース、ドジャース、エンゼルスですが、確かに3球団ともに資金力はあります。ですが、それぞれに問題を抱えたチームだとも言えます。ヤンキースの場合は、現時点では多くの主力選手が引退直前もしくは負傷明け、あるいは薬物使用問題での係争中で、チームの形が全く出来ていません。ジーター選手は高額の1年契約をしましたが、このままですと来季は優勝戦線にしがみつくよりも、1年かけてジーター選手の引退興行を(今年のリベラ投手のように)するということになりかねません。

 そんな中で、ファンの間に異常なまでの「待望論」があるのは、田中投手の加入で一気にローテーションが確立することを期待しているからです。ですが、これも黒田投手との契約問題、サバシア投手が力を出せるのかという問題、そしてこれに加えて、何よりも正捕手が決まるかどうか次第だとも言えるでしょう。正捕手に関しては、ヤンキースはブレーブスのブライアン・マッキャン捕手の獲得に動いているという噂がありますが、マッキャンを取るのであれば、チームとしては「本気度」が見えてくることになり、そこに田中投手が来ればチーム構成は一気に好転する可能性もあります。いずれにしても、今後の戦力補強が全てです。

 ドジャースは、今年のプレーオフでNLCSまで行ってもう一歩でワールドシリーズに手が届いたのですが、その時点で「瞬間的な崩壊」を遂げてしまいました。原因は若いヒスパニック系の新人ヤシエル・プイグ選手が「相手チームのプライドを無視して無邪気に喜ぶ」パフォーマンスを繰り返したことへのチーム外からの批判が原因です。その際にプイグ選手を精神的に守り切ることも、またチームの士気の動揺を止めることもできずにズルズル長引かせたからでした。もしかすると、異文化の出身選手を統合してゆくというコミュニケーション技術については低いチームかもしれず、この点については要注意だと思われます。

 エンゼルスは強豪ですが、プホルス、ハミルトンといったFAで獲得した「大砲」が機能しない中で、若手のトラウト、トランボという打者の才能で何とかなっているというのが現状です。このチームは長年チームを牽引してきたマイク・ソーシア監督のカラーが非常に強い反面、このままチームが低迷するようですと、ソーシア長期政権にも終わりが来るかもしれません。来季あたりは、その辺は正念場ということも言えます。

 そんなわけで、噂になっている3チーム共に、来季へ向けて相当に戦力を補充しなくてはなりません。勿論、資金力を背景に田中投手に触手を伸ばしているわけですが、移籍後最初のシーズンで好スタートを切れるかどうかは、チームの状態がいい方向へ行くかどうかにもかかっています。単に田中投手の行き先がどこになるかだけでなく、入団したチームがどんな戦力を整えてくるかにも注目したいと思います。いずれにしても、まずはポスティング制度の改定が合意されなくてはなりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英米が420億ドルのテック協定、エヌビディア・MS

ビジネス

「EUは経済成長で世界に遅れ」 ドラギ氏が一段の行

ビジネス

独エンジニアリング生産、来年は小幅回復の予想=業界

ワールド

シンガポール非石油輸出、8月は前年比-11.3% 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story