コラム

公用語時代、日本人の英語はどうあるべきか? (第3回) 「弊害だらけのセンター試験リスニング」

2011年01月17日(月)11時35分

 このシリーズ、ちょっと間が空いてしまいましたが、益々重要な問題ですので今後も断続的に取り上げていきたいと思います。今回は先週末に行われた「センター試験のリスニング」についてです。やれICレコーダが不調だとか、再利用しないとムダだとか、枝葉末節の議論ばかりが話題になる「リスニング」ですが、その内容に関しての議論は余り見かけないのは残念です。何故かというと、一見すると「コミュニケーション重視」の表れのように思われる「リスニング」ですが、今の内容では決して英語でのコミュニケーションスキルの上達には役に立たないからです。

 まず声優の問題があります。同じ男女のコンビが多くの設問の会話を話すのですが、これは極めて不自然です。例えば「市役所に行こうとして道に迷った女性」が次の設問では「バスの回数券を買おうか考えている」のであり、その次に「ピザを注文しようとしている」のですが、それが全く同じ声なのです。シーンが違い、出来事が違えば当然その人物も違うはずで、もしも同じ人物が「すぐそこの市役所に気づかず」次に「バスの回数券購入を検討し」その後で「ピザを注文する」のであれば、全体に流れる文脈が存在するはずです。

 つまり文脈がないのに、同一人物に連続的に違う事件が起きる、この「リスニング」はそうした「会話」で成り立っているのです。勿論これは「日本のセンター試験」であり「全くのフィクション」であって、その目的は「短い会話の中身を聞き取れるかどうかを試験する」という目的のものですから、そこには何の問題もないように見えます。ですが、こうした試験に慣れるために何度も何度もこうした現実ではありえない「ニセ会話」しかも「文脈の欠落したロボットのような言語」を聞き取る練習をするというのは弊害が大きいと思うのです。文脈に頼るのは「言霊が支配する」日本だけで、ロジック性の強い英語では文脈なしでもOKなどと出題者が考えているのなら誤解も甚だしいと思います。

 それは恐らくは大脳の中の「言語中枢」(その正体と大脳の具体的な箇所は個人差も含めて未解明な部分が大きいのですが)が、現在の研究では「論理性を司る左脳」と「直感性に関係する右脳」にまたがっていると言われている中で、恐らくは左脳に属する部分の刺激にしかならないばかりか、恐らくは言語中枢とは異なる「暗号解読の回路」的な部分を刺激するだけに終わると思われるからです。とにかく、同じ声優による異なるシーンの会話、しかも個別のシーンは分断されていて所与の文脈もない、そんな「リスニング」の練習を奨励するのは大変に危険です。

 もう1つは、そもそも「英語であり得ない表現」がいくつかあるということです。代表的な例は、今年の「第1問の問6」で、簡単に言うと「友達の誕生日パーティーに招待されたけど、その日は歯を抜いた直後でモノが食べられないから行かない」という内容です。勿論テストですから多少のフィクションは必要でしょう。ですが、英語圏の英語表現のデフォルトでは「友人の誕生日を祝福する」というのは重要な行為とされていて、仮に「歯を抜いた後でモノが食べられない」ということが分かっていても、パーティーに招待されるような間柄なら行くのが礼儀だと思います。

 私は、英語圏は「お行儀が良い」のだからお行儀の良い表現で通せと言っているのではありません。どうしても「そうではない」表現を試したいのなら出題するのも勝手だと思います。ですが、「歯を抜いたあとで食欲がないだろうから(ケーキを食べられないし)友人の誕生日を祝福には行かない」というのは非常に複雑な文脈を要求するのです。過去にパーティーで不味いケーキが出たとか、今回は「親知らず」を抜くので大変なことになりそうだとか、そうした文脈がないまま「行かない」という英語は実生活ではあり得ないのです。前述の問題と同じように、こうした「リアリティの無さ、文脈の無さ」は言語中枢の刺激として有効性が薄いと思われます。

 リアリティの無さということではゾロゾロあります。例えば「訳の分からない計算をさせる」問題が多いのですが、「2時に何か他の用事がある、4時ではダメ」などと色々ゴチャゴチャ喋った挙句「では今から2時間後に」というように「数字に関して混乱させて平気」な表現は英語では普通しません。「何時?」と「何時間後?」の混ざった会話をした後では「要するに約束の時間は何時ということですね」というクリアーな確認をするのが普通なのです。勿論「謎解き問題」にしたいという事情は分かりますが、これも不自然です。

 では、どうしたら良いのでしょうか? 確かに「リスニング」ならぬ「ディクテーション」の能力は、日本人の若者に取ってはなかなか勉強のチャンスがないのと、英語と日本語の音韻体系が異なることから「強い動機付け」が必要です。ですから、現在のシステムの中では入試というもので「切羽詰った動機付け」をするというのは1つの手段ではあります。ですが、現在の「リスニング」のような中途半端で、しかもリアリティのない、従って言語中枢ではなく大脳の「暗号解読の回路」への刺激に終わってしまうものではダメだと思うのです。

 1つの選択肢は「視点をリアルな自分」にするために「あなたという学生に先生が指示をした」「あなたという友人に友人の誰かが話しかけてきた」というシチュエーションにすることと、設問としては文脈を類推させる作りが良いと思います(実は、米国ETS社が主催しているTOEFLのメソッドがこれに近いのですが)。あとは「コミュニカティブ」というコンセプトからは離れますが、純粋に「聞き取りに徹する」なかで「話題への興味が右脳的な刺激になる」ような知的好奇心を刺激する「聞かせ物」で内容のあるものを与えるのはどうでしょう。

 CNNやBBCのニュース音声からの事実の認識、政治討論会での話者の立場の理解、あるいは当節流行の「名講義の録音」を聞かせて、その講義の論点や教官のロジック性にある「因果関係」などを聞き取らせるということは意味があると思います。高校生のうちに語彙や表現への親しみを含め聞き取りの能力が完成していて、大学ではその議論そのものに参加してゆくぐらいでないと、アメリカなどの英語圏だけでなく、中国や韓国の若者にも大きく遅れをとってゆくことになるのではないでしょうか。

 ちなみに、更に極端に「聞き取り能力」を磨いたりチェックするための効果的な音声の材料としては、アメリカの場合ですと「朝のラジオ交通情報」が上級編、更に超上級編として「自動車販売のラジオCMでのリース条件但し書きの読み上げ」があります。両者ともに、入試には少々難しすぎますが、社会人向けの教材としては興味深いですし、この2つが一字一句まで聞こえるようになれば、相当に耳が鍛えられたことになるように思います。

公用語時代、日本人の英語はどうあるべきか?(第1回)

公用語時代、日本人の英語はどうあるべきか?(第2回)

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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