最新記事
シリーズ日本再発見

なぜ世界中の人が「日本アニメ」にハマるのか?...鬼滅にエヴァ、ジブリに隠された「思想と哲学」に迫る

The Deep Draw of Anime

2025年04月21日(月)18時35分
ロナルド・グリーン(米コースタル・カロライナ大学哲学・宗教学教授)
『鬼滅の刃』のキャラクター(冨岡義勇、煉獄杏寿郎、胡蝶しのぶ)

『鬼滅の刃』のキャラクター(冨岡義勇、煉獄杏寿郎、胡蝶しのぶ)Usa-Pyon-shutterstock

<「煉獄さん」の炎の呼吸が象徴する二重性、猗窩座の身体を覆う入れ墨の意味、碇シンジの苦悩が描き出す仏教思想──世界を魅了するアニメの奥深さ>

私は長年、日本のアニメについて研究し、物語が文化・哲学・宗教の伝統とどう絡んでいるかを探ってきた。日本アニメの最大の魅力の1つは、手に汗握るアクションと深遠な精神的・倫理的な問題とを融合し得るところだ。

最たる例が『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(2020年、英題:Demon Slayer: Mugen Train)だ。

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』予告映像



日本国内興行収入ランキング歴代トップ、20年の世界年間興行収入でも1位に。その後も快進撃を続けるこの作品が、いかに仏教・神道・武士道の伝統を結び付けヒロイズムと無常と道徳的葛藤の物語を作り上げているかを探ってみよう。

アニメはしばしば、宿命、自己犠牲、欲と義務との葛藤について吟味するため、日本の宗教的伝統を引き合いに出して、精神的・哲学的な問いを探究する。

例えば、宮﨑駿監督の『もののけ姫』(1997年、英題:Princess Mononoke)では、タタリ神を殺して呪いを受けた青年アシタカが呪いを解く方法を探して旅をする。自然を神聖で「神」(精霊)の宿る場とみる神道の原理を反映し、人間と環境の調和、そしてこの均衡が崩れたらどうなるかを浮き彫りにする。

PRINCESS MONONOKE 4K Restoration | Official Trailer


同じく宮﨑監督の『千と千尋の神隠し』(2001年、英題:Spirited Away)も、身の回りのありふれた品々に至るまで森羅万象に精霊が宿るとする日本文化のアニミズム(精霊信仰)思想を反映している。八百万(やおろず)の神々が集う謎めいた湯屋を舞台に、内気で変化を怖がっていた10歳の少女・千尋が、異界で生き抜くすべを身に付け成長していく姿が描かれる。

重要な場面の1つがオクサレ様の登場シーンだ。湯屋にやって来たオクサレ様はヘドロの塊のように見えるが、千尋が洗うと、本来の清流の神の姿を現す。ヘドロは人間が垂れ流す廃棄物だったのだ。自然は汚染したり粗末にしたりすれば活力を失うが、手入れをし、敬えばよみがえるという環境保護のメッセージを裏打ちするシーンでもある。

250422P50_NAS_03trm1200070.jpg

オクサレ様の世話をする千尋 ©2001 HAYAO MIYAZAKI/STUDIO GHIBLI, NDDTM

何のために生きるのか

日本のテレビアニメの金字塔的作品『新世紀エヴァンゲリオン』(95~96年、英題:Neon Genesis EVANGELION)は、深い哲学思想、特にアイデンティティーと人間の存在理由という実存主義的問いを扱っている。

『新世紀エヴァンゲリオン』TVCM 15秒 - Netflix


地球規模の大災害が起きた後の世界で、主人公の14歳の碇シンジは、巨大な汎用人型決戦兵器「エヴァンゲリオン」のパイロットになって、仲間と共に謎の敵「使徒」から人類を守るために戦うよう命じられる。

シンジたちが自らの役割に苦悩する姿を通して描かれるのは、孤立や自尊心、親密で有意義な関係を構築する難しさだ。仏教や神秘主義的なグノーシス派の思想も取り入れ、内なる知恵に焦点を当てることで、物質世界への過度な執着は苦しみを生むという考えをあぶり出す。

『「鬼滅の刃」無限列車編』の特筆すべき点は、鬼たちとの戦闘が象徴するように、登場人物の内なる葛藤に焦点を当てていることだ。鬼が表すのは人間の苦しみと執着──いずれも仏教思想が深く影響しているテーマだ。作品の軸となる鬼殺隊士の煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)は、確固たる無私と高潔を体現する。

「炎の呼吸」で鬼を倒す煉獄の戦闘スタイルは実に象徴的だ。日本文化では炎は破壊と再生を象徴する。京都で毎年10月22日に行われる鞍馬の火祭は、大きな松明を街じゅうに掲げて邪気を払い土地を清める神道の儀式だ。仏教でも僧侶たちが護摩木を神聖な炎にくべて無明(無知)と煩悩の消滅を象徴する儀式がある。


煉獄の「炎の呼吸」はこの二重性を象徴している。炎は世界から鬼を殲滅すると同時に、彼の揺るぎない精神も表している。

彼の精神的支柱といえるのは武士道だ。武士道は儒教、禅宗、神道に根差し、忠誠と自己犠牲と他者を守る義務を重んじる。「弱き人を助けることは強く生まれた人の責務」という母親の教えは、父母を敬い世のために尽くすという儒教の倫理観を反映し、彼の行動指針となっている。

武士道と禅宗の結び付きによる規律重視や無常観の受容は、煉獄の決意を一層揺るぎないものにし、神道の影響は神聖な義務を果たす擁護者という彼の役割を裏打ちする。

彼は死を前にしても動じず、「無常」という生命のはかなさに美を見いだす仏教の根本原理を受け入れる。彼の自己犠牲は真の強さが無私と道徳的誠実さにあることを意味している。

対照的に、煉獄と死闘を繰り広げる猗窩座(あかざ)は力と不死への執着を体現する。かつては人間だったが、力に執着し、無常を受け入れられなかったために、鬼と化した。

米プリンストン大学のジャクリーン・ストーン名誉教授(宗教学)らは苦しみの根源である生への執着が仏教の経典でどう論じられているかを研究してきた。死を認めようとしない猗窩座は、苦しみは執着と欲望から生じるという仏教の教えと一致している。

猗窩座の全身の入れ墨も象徴的だ。日本では昔から入れ墨が犯罪やヤクザや苦悩と関連付けられ、江戸時代には罪人の烙印として使われていた。今でも一部の銭湯やジムやスイミングプールでは入れ墨のある客の利用を断っている。現代アニメでは入れ墨をしたキャラクターは過去のトラブルや内面の苦悩を抱えているケースが多く、猗窩座の入れ墨は彼が苦しみと破滅から逃れられないことを強調する。

彼と煉獄の闘いは単なる善と悪の闘争にとどまらない。無私と利己主義、受容と執着など相反する世界観の衝突だ。人間の普遍的な苦悶が世界中で反響を呼ぶ。

『無限列車編』は無常や道徳的義務、生きる意味を探ることで、娯楽性と哲学性を併せ持つメディアという、アニメの伝統に寄与している。目的を持って誠実に生きるとはどういうことか、深く考えさせる作品だ。

The Conversation

Ronald S. Green, Professor and Chair of the Department of Philosophy and Religious Studies, Coastal Carolina University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 関税の歴史学
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月27日号(5月20日発売)は「関税の歴史学」特集。アメリカ史が語る「関税と恐慌」の連鎖反応――歴史の教訓にトランプと世界が学ぶとき

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マスク氏、政治献金削減へ テスラCEOあと5年継続

ワールド

中国、WHOに今後5年間で5億ドル追加拠出へ 米に

ワールド

トランプ氏「対応を検討中」、EU・英の対ロシア追加

ワールド

米国務長官、シリア制裁解除を擁護 「暫定政権に崩壊
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:関税の歴史学
特集:関税の歴史学
2025年5月27日号(5/20発売)

アメリカ史が語る「関税と恐慌」の連鎖反応。歴史の教訓にトランプと世界が学ぶとき

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到した理由とは?
  • 3
    【クイズ】世界で1番「太陽光発電」を導入している国は?
  • 4
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 5
    【裏切りの結婚式前夜】ハワイにひとりで飛んだ花嫁.…
  • 6
    「空腹」こそが「未来の医療」になる時代へ...「ファ…
  • 7
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 8
    小売最大手ウォルマートの「関税値上げ」表明にトラ…
  • 9
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
  • 10
    トランプは日本を簡単な交渉相手だと思っているが...…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」する映像が拡散
  • 4
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 5
    「運動音痴の夫」を笑う面白動画のはずが...映像内に…
  • 6
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到し…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「太陽光発電」を導入している国…
  • 8
    ヤクザ専門ライターが50代でピアノを始めた結果...習…
  • 9
    トランプ「薬価引き下げ」大統領令でも、なぜか製薬…
  • 10
    サメによる「攻撃」増加の原因は「インフルエンサー…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 8
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 9
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 10
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中