コラム

海外から中国に移送される台湾人──犯罪人引渡し条約の政治利用とは

2021年12月06日(月)12時55分
蔡英文総統

台南に駐屯する部隊を視察した台湾の蔡英文総統(2021年1月15日) Ann Wang-REUTERS


・海外で逮捕された台湾人が中国に引渡された事例は、すでに600件以上にのぼる。

・これは中国が各国と結んだ犯罪人引渡し条約に基づくものだが、中国政府の「一つの中国」の原則を国際的にアピールする活動の一環といえる。

・しかし、中国に引渡された台湾人が公正な裁判を受けられない懸念から、国連などでもこれに警戒する声があがっている。

中国の人権侵害をめぐる告発は後をたたず、なかには他の国を巻き込んだ、「中国人」以外に対するものも含まれる。

世界に広がる「台湾人狩り」

女子テニスプレーヤーをめぐる人権侵害が注目されるなか、中国の人権侵害をめぐる新たな告発が世界の耳目を集めた。中国の働きかけによって、各国で逮捕された台湾人が中国に移送されているというのだ。

この問題は以前からしばしばとり沙汰されてきたが、人権団体「セーフガード・デフェンダーズ(SD)」が11月30日、まとまった報告書を発表したことで、世界中のメディアの関心を集めた。SDは中国人やアメリカ人の弁護士や人権活動家、台湾人ジャーナリストなどによって構成されるNGOだ。

その発表によると、中国政府の要請を受けた各国政府により、2016年から2019年までの間に少なくとも610人の台湾人が中国本土に強制的に移送されたという。その多くはフィッシング詐欺などの容疑で逮捕された犯罪者だが、台湾にではなく中国に引渡されたとみられている。

その件数が最も多いのはスペインの219人で、これにカンボジア(117人)、フィリピン(79人)、アルメニア(78人)、マレーシア(53人)、ケニア(45人)などが続く。

「国際的な嫌がらせキャンペーン」

中国が犯罪人引渡し条約を結ぶ国は52カ国以上にのぼるが、これまで台湾人の引渡しに応じた国のほとんどは、中国とこの条約を結んでいる。

とはいえ、これが単なる犯罪者の引渡しにとどまらず、政治的な意味をもつことは明らかだ。

「台湾は中国の一部」という中国政府の公式見解からすれば、海外で犯罪を犯した台湾人を犯罪人引渡し条約に基づいて中国が引き受け、中国で裁判にかけることは全く問題ない。むしろそれは中国にとって、引渡した国も中国政府の主張を認めたと暗黙の裡にアピールすることにもなる。

そのため、台湾人引渡しは「台湾独立」を掲げる蔡英文総統が就任した2016年頃から増えており、SDはこれを「国際的な嫌がらせキャンペーン」と表現している。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story