コラム

関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定する動きを憂う

2023年09月01日(金)21時21分

2017年に小池都知事が追悼文の送付をやめてから、墨田区にある関東大震災における朝鮮人虐殺慰霊碑のすぐそばで、「そよ風」など複数の右翼団体が「真実の」「慰霊祭」を行うようになった。それは朝鮮人虐殺を否定するもので、「不逞鮮人」などという、まさに当時の虐殺者が用いていた差別的な言葉が飛び交う。その理屈は、現在ではデマだと分かっている関東大震災時の朝鮮人の犯罪を報じた新聞記事を根拠に、虐殺を否定しむしろ朝鮮人こそを加害者であるとする、二重三重に歴史認識を後退させたものだ。差別的であるだけでなく歴史学の議論にも到底耐えうるものではない言説が勢いを増しているのは、事実を事実と認めることすらしない東京都の態度も一因だろう。

国レベルでもおかしなことが起きている。8月31日、松野博一官房長官は関東大震災時の朝鮮人虐殺について「調査した限り、政府内で事実関係を把握できる記録が見当たらない」と述べた。そんなはずはない。2008年の中央防災会議の報告書では明確に朝鮮人虐殺についての報告記述があるし、関東大震災当時の裁判記録など含めて政府内で保管されている文書はいくらでもある。1923年の朝鮮人虐殺について、事実関係を認め、過ちを二度と繰り返さないよう言明してはならない空気が、この国に広がってしまっているようだ。

排除は朝鮮人虐殺の記憶以外にも

2022年5月に開設した長野県飯田市の平和祈念館では、展示される予定だった731部隊のパネルが非公開のままになっている。731部隊は、アジア太平洋戦争中の中国で細菌兵器の開発や人体実験を行った日本軍の部隊だ。歴史学的には研究は揃っているにもかかわらず、これも日本政府は資料が不足しているとしていまだにその事実を公的に認めていない。この部隊の公的な記録は証拠隠滅のため終戦時に焼却されたりアメリカ側に提供されたりしてほとんど残っていないが、2014年にはないとされていた資料が実は存在したり、今年8月にも新資料が発見されたりしたので、政府の調査不足もあるに違いない。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる

ワールド

米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化

ビジネス

ECB、政策の柔軟性維持すべき 不確実性高い=独連

ワールド

韓国、対米通商交渉で作業部会立ち上げ 戦略立案へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story