もうひとつ、横串として乱用されやすいのが匿名の談話だ。匿名の危うさについては、澤康臣氏が本号特集で「報道倫理」の文脈の中で取り上げている。「何でも匿名で報じる事なかれ主義の誘惑は止めがたく、年を追って増大しているように思われる」と危惧する(論考「日本型『報道倫理』論を越える」)。
私自身もこの原稿に匿名の談話(被爆者を取材する記者の話)を盛り込んでいるし、自戒を込めた指摘でもあるのだが、匿名性は取材者の意図を代弁する道具として使われる可能性がある。個別の事象を並べたうえで、最後にその横串として匿名のコメントが置かれている場合は特に要注意だ。
取材者自らが日々学び、専門家とも垣根を超えて日常的に意見を交え、そこから培った見識をもとに「問い」を立て、取材をし、専門家の発言やデータを織り込む――。
SNS時代ならではの「お手軽取材」が氾濫しがちな昨今だからこそ、アカデミック・ジャーナリズムの価値が高まっていると考える。
大治朋子(Tomoko Ohji)
1989年入社。ワシントン特派員、エルサレム支局長などを経て現職。社会部時代の防衛庁(当時)による個人情報不正使用に関 する調査報道で2002、2003年度の新聞協会賞をそれぞれ受賞。ワシントン特派員時代の米国による「対テロ戦争」の暗部をえぐる調査報道で2010年度ボーン・上田記念 国際記者賞受賞。英オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所元客員研究員。テルアビブ大学大学院(危機・トラウマ学)などを修了。単著に『歪んだ正義 「普通の人」がなぜ過激化するのか』『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』など。最新刊に『「イスラエル人」の世界観』。専修大学文学部ジャーナリズム学科などで客員教授を務める。
『アステイオン102』
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CEメディアハウス[刊]
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