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科学ジャーナリズム

STAP論文の「おかしさ」に最初に気づいたのは誰だったのか...科学ジャーナリズムと「3つの原則」

2025年06月25日(水)11時00分
須田桃子(科学ジャーナリスト)

さらに興味深い事実もあった。ネイチャー誌に掲載された際の3人中2人の査読者が、STAP細胞を「塊」ではなく単一の細胞で評価すべきだと強く求めていたのだ。

細胞の解析や万能性を証明する実験が常に複数の細胞の塊で行われているため、他の細胞が混ざった可能性が排除できず、万能性の証明も不十分だという、もっともな指摘だった。同様の記述は過去の査読コメントにもあった。

ところが、この重要な要求は無視され、追加実験は最後まで行われなかった。さらに別の実験では、過去3回の投稿で査読者たちが万能性の観点から疑問を示していたデータの一部をグラフから削除していたこともわかった。

STAP研究は、仮に論文中のすべてのデータが本物だったとしても、一流誌に掲載され、理研が大々的に発表するような研究成果ではなかったのだ──。査読資料の分析を終えた時点で、私はそう確信した。

12月にあった第二次調査委員会の最終報告では、STAP細胞由来とされた残存試料は、すべてES細胞かそれに由来することが明らかにされた。もはや驚きはなかったが、調査委員長が「最も苦労した」と紹介したある解析結果を目にしたときは感慨を覚えた。

それは、テラトーマもやはり、ES細胞由来である可能性が非常に高いとする結果だった。テラトーマはマウスの皮下にSTAP細胞を移植してできた良性の腫瘍で、万能性を証明するために行われた実験だ。

キメラマウス実験で若山氏とタッグを組む前に、小保方氏が一人で行ったとされる。その時点でES細胞の混入が起きていたのなら、キメラマウスを含むその後の実験はすべて意味がなかったといってもいい。

4月のある記者会見で私はテラトーマの試料を調べる必要性について尋ねたが、「STAP細胞があるかという観点からは何の意味もない」と一蹴された。

しかし、ホルマリン漬けのわずかな切片を慎重に解析した人は、私と同じく、いやそれ以上に重要性を認識していたに違いない。そしてその結果は、STAP細胞が研究初期から存在しなかったことを確かに裏付けたのだ。


 ・権威の主張に惑わされず、客観的な事実を見極め、丹念に追うこと
 ・「論点ずらし」に乗らず、最も本質的なテーマを追究すること
 ・手持ちの情報を随時整理し、仮説を立てて検証するプロセスを重ねること

複雑で流動的な現実を前にこの3つの鉄則を遂行する大切さと難しさを、私はSTAP事件を通して学んだ。


須田桃子(Momoko Suda)
毎日新聞、NewsPicksで科学報道に携わり、2024年11月に独立。取材班キャップを務めた『誰が科学を殺すのか──科学技術立国「崩壊」の衝撃』(共著、毎日新聞出版)で科学ジャーナリスト賞。23年9月の特集「虚飾のユニコーン 線虫がん検査の闇」では調査報道大賞奨励賞などを受賞。著書に『捏造の科学者──STAP細胞事件』(文藝春秋、大宅壮一ノンフィクション賞、科学ジャーナリスト大賞)、『合成生物学の衝撃』(文藝春秋)。東京農工大学特任教授。


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