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科学ジャーナリズム

STAP論文の「おかしさ」に最初に気づいたのは誰だったのか...科学ジャーナリズムと「3つの原則」

2025年06月25日(水)11時00分
須田桃子(科学ジャーナリスト)

丹羽氏はインターネット上でテラトーマ画像の問題が指摘された際も、報道における「配慮」を求めてきたが、さすがにもう迷う余地はなかった。私が笹井氏や丹羽氏の見解を本当の意味で客観的に吟味できるようになったのはその頃からだったと思う。

前述のように、調査委員会は4月1日、STAP細胞の由来や万能性を示す実験結果の改ざんと捏造を認定する報告をまとめた。

万能性を示すうえで最も重要な「キメラマウス実験」を実施した若山氏は、すでに「小保方氏から受け取ったSTAP細胞が本当は何だったのかわからなくなった」と述べており、この時点で論文に致命的な綻びがあることは明らかだった。

ところが、その後、事態は混とんとした様相を呈していく。渦中の小保方氏や丹羽氏、笹井氏が相次いで記者会見し、STAP細胞が存在するという前提の主張を展開したのである。

さらには理研が、4月に開始した再現実験で、論文の検証ではなくSTAP細胞(現象)の有無を確かめようとしたことで、世間の関心は「STAP細胞があるのかないのか」というテーマに集中していった。

論文がほぼ崩壊しているのだから、冷静に考えれば奇妙な話である。それよりも、研究不正の全貌を明らかにするのを最優先にすべきだ。そのためにまず必要なのはラボに残っている試料の解析であり、論文の検証を目的とした実験だ。

私は記事でそう書き、記者会見でもなぜそれをしないのか繰り返し尋ねたが、理研の態度は消極的だった。

これだけ注目を浴びている研究不正事件で真相がうやむやになれば、科学は社会の信頼を失いかねない。焦燥感を抱きつつ、多くの関係者に取材した。その過程で研究の残存試料のリストなど複数の内部資料を入手したが、自ら強く望んで入手を試みたのが、論文の査読資料だ。

査読とは、論文が投稿された際に同じ分野の研究者が精読して掲載にふさわしいかどうかを判断するシステムだ。STAP論文はネイチャーに掲載される前の2012年にネイチャーを含む3つの科学誌に投稿され、いずれも却下されている。

過去の投稿論文や査読者たちのコメントを分析すれば、ずさんな論文が生まれた背景や、研究不正の経緯についての手がかりが得られるだろうと推測したのだ。

ようやく手に入れた計300ページに及ぶ資料を、事件の進展を追う傍ら、同僚と2人で分析した。

最大の収穫は、既存の万能細胞であるES細胞の混入の可能性をはじめ、論文発表後に専門家の間で議論されている科学的な論点が、不採択時の査読コメントにほとんど網羅されていたことだった。

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