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科学ジャーナリズム

STAP論文の「おかしさ」に最初に気づいたのは誰だったのか...科学ジャーナリズムと「3つの原則」

2025年06月25日(水)11時00分
須田桃子(科学ジャーナリスト)

疑惑が浮上してからの進展は速かった。2月半ばに理化学研究所(以下、理研)による調査が始まり、3月上旬には万能性を示す「テラトーマ実験」の画像が、筆頭著者である小保方晴子氏の博士論文中にあった別の実験の画像と酷似していることが明らかになる。

若山氏が論文の取り下げを呼びかけたのはその直後だ。理研の調査委員会は4月1日、テラトーマ画像の捏造など、小保方氏による2件の研究不正を認定した。

私はその間、論文の主要著者たちへの取材を試み続けた。小保方氏への取材はかなわなかったものの、若山氏は面会取材に応じ、笹井氏や丹羽氏もオフレコベースながらメールによる質問には回答してくれた。

貴重なやりとりだったが、初期には「STAP細胞ありき」の笹井氏や丹羽氏の主張に惑わされることもあった。

最も手痛い失敗は、3月上旬に理研が発表した実験手技の解説書(プロトコル)で、STAP細胞から作った幹細胞に、本来あるはずの目印(TCR再構成)がなかったと書かれていたときの判断だ。

TCR再構成は、STAP細胞が元々生体内にわずかに存在する未分化な細胞ではなく、分化しきった体細胞からできたことを示す目印である。論文ではSTAP細胞にはそれがあったと記されていたが、解説書によれば、STAP細胞と同じ情報を持つはずの幹細胞では確認できなかったという。

解説書を読んだ研究者たちから疑問の声が噴出し、先輩記者も「これが覆ると根本が覆ってしまう」と指摘した。解説書の責任著者である丹羽氏に急ぎ問い合わせると、丹羽氏は大した問題ではないというスタンスで、その理由をメールや電話での取材で丁寧に説明した。

丹羽氏はその過程で、新聞報道を差し控えるように求めてきた。私はその要望に少々驚きつつも、科学的な説明には説得力があると思い、当日の記事化を見送った。

その後、笹井氏からも同様の見解のメールが届いた。文面に危機感はなく、笹井氏を信頼していた私は「論文の根幹に揺るぎはない」という理研の当時の主張は本当なのかもしれない、とすら思った。

だが、これはやはり深刻な問題だった。結局、約1カ月後の記事で取り上げることになったが、目まぐるしく状況が変化している中での1カ月の遅れは大きい。私は自分の未熟さを痛感した。

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